「ねえ、どこ行くの?」
僕は君のその、小さくて白い手を掴んで走った。
ただ何も言わずに走った。
清楚な君の黒いロングヘアが揺れている。
白いワンピースに、大きな麦わら帽子。
裸足は草で所々切れて流血している。
「どこまで…っは、どこまで行くの?」
僕は白い半袖Tシャツに汗を滲ませる。
カーキ色のホットパンツに、青いスニーカー。
下の歯は最近抜けたばかりだった。
「ねえ、ねえってば」
僕は君の声が聞こえないフリをした。
君は執拗に問いかけてくるが、それどころではない。
僕に出来ること。僕にしか出来ないことだった。
焼けるほど暑い夏。
蝉は大合唱を捧げ、蚊はここぞとばかりに群がる。
僕は決して、白くて柔らかいその手を離さなかった。
僕は決して、夏休みの宿題に手をつけなかった。
「僕は──」
「君が好きだ」
そうやって微笑む。
焼けるほど暑い夏。
君は涙を流す暇もなく堕ちた。
「これでずっと一緒にいられるね」
小学4年生の夏休み。
僕は君を崖に突き落とした。
山の上には綺麗な花が咲いていたが、
斜面は岩石と根を張った木ばかりで
転げ落ちたらひとたまりもない危険だった。
僕は君のその純粋無垢な笑顔が好きだった。
華奢な手が、白い肌が、大きな目が、そばかすが、
優しさが、正しさが、弱さが、
その全てに僕は魅了されていた。
君が悪いんだ。
君はそんなに清く正しく素晴らしい人なのに、
不良じみているようなガラの悪い奴と
付き合ってしまったのが間違っていたのだ。
絶対的にそうだ。君にアイツは釣り合わない。
僕は何度もそう言った。
でも君は、誰にも見た事のないような苦笑いと
その奥に潜めた嫌悪をあらわにした。
おかしい。間違っている。
きっと騙されているに違いないんだ。
何か、弱みを握られているんだ。そうだ。
僕はアイツから、君を救わなきゃいけない。
そう思った。
でも、喧嘩の強いアイツには、力では勝てなかった。
だけど、こんなに気弱な僕でも、
華奢な女の君よりは流石に上だった。
だから君を殺した。
アイツから引き剥がし、僕と付き合ってもらうために。
僕のものにするために。
ずっとずっとずーっと、僕と一緒にいられるように。
「これで、永遠に一緒だね」
僕はそう言って、生い茂った草木にマッチをつけた。
あたたかな光に包まれながら、ゆっくりと目を閉じる。
僕は紅く染まった君に、優しくキスをした。
花畑に、小さなピンクのサンダルが落ちていた。
そして、夏休みの宿題は最後まで白紙だった。
お題『どこ?』
3/19/2025, 3:49:14 PM