いろ

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【過ぎた日を想う】

 金木犀の香が鼻腔をくすぐる。柔らかい甘さに満ちた秋の香り。そうするといつも、君のことを思い出す。
 別れたのはもう、十年以上も昔のことだ。君の声も、顔も、随分と記憶から薄れてしまった。だけど君と初めて会った秋の日、どこからか漂ってきた金木犀の香りだけは、何故だか忘れられずにいる。
 お互いのことはお互いに好きだった。それは自信を持って断言できる。なのに君はある日突然、私の前から姿を消した。まるで死に際の猫みたいに、何の痕跡も残すことなく。
 君が今どこにいて何をしているのか、生きているのか死んでいるのか、私にはわからない。それでも君と過ごした日々は私の人生で最も幸福な時間で、君と出会えたことは私の人生で最も僥倖な奇跡だった。
 胸を締めつける溢れんばかりの多幸感と、ほんの小さな執着めいた痛み。金木犀の香りに過ぎた日を想うたびに、私はいまだに変わらぬ君への愛を再認識するのだ。

10/6/2023, 9:36:04 PM