saku

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子供の頃、母と訪ねたどこかの家。
住宅街の中にある、ごく普通の一戸建てだった。
私たちは乾いた落ち葉を踏みながら
呼鈴を押した。
玄関で迎えてくれたのはおばあさん。
案内された部屋には小さな引き出しがついた壁一面の棚、
その前に置かれた木のテーブルの上には、たくさんのガラス瓶が並んでた。
母が鉛筆で何か書いて渡す。
その間おばあさんは私をじっと見て、目が合うとニッコリした。
間もなくいくつかの瓶と、抜いた引き出しがテーブルの上に置かれた。
いつの間にか眼鏡をかけていたおばあさんは、木のスプーンで茶葉を掬うと広げた紙の上に次々と出していった。
空中で何度も何度も混ぜ合わされる小さく捻れた葉っぱたち。
独特の香りが部屋の中を私の周りを包み込んでいく。
誰も喋らない静かな空間に乾いた音だけが響いてた。
おばあさんは平たい袋にそれを全て詰め終えると、熱で口を閉じる機械のペダルを踏んで封をした。
はい、こちらです。
母はお辞儀をしながらそれを受け取り、代わりにお札が入った封筒を渡した。私も母に倣って頭を下げた。
玄関のドアを開けると、門の向こうに父の車が停まっていた。
私は落ち葉を踏みながら車に向かって走った。

ずいぶん後になってそのお茶を飲んだ。
ごく普通の紅茶、少しだけ苦い紅茶だったと思う。

乾いた季節、乾いた音、乾いた記憶。


10/28/2023, 5:53:27 AM