真澄ねむ

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(……誤算だったなあ……)
 帰宅する準備を整えながら、瞳は胸中でごちていた。すっと彼に教室に入って、さっと彼にチョコを渡して、さっさと帰るつもりだったのに。
 チャイムが鳴るや否や、彼の教室に向かうと、目当ての人物はたくさんの女子に囲まれていた。さすがにそれを割って渡すのは論外だし、待って渡すのは面倒くさい。
 早々に見切りをつけた瞳は、諦めて帰ることにした。
 教室を出ると、廊下を進んで階段を下りる。そのまま進んで突き当たりを左に曲がって、少し進んだところが昇降口だ。上履きを履き替えて、そのまま帰宅するつもりだった。
 何だか昇降口が騒がしい。この時期特有の騒がしさといっても過言ではない。しかし、何だかそれだけではなさそうな気がする。
「瞳!」
 誰かが瞳の名前を呼んだ。瞬きをする僅かな時間、少しだけ辺りがしんと静まりかえった。
 誰が自分を呼んだのか見当がついた瞳の眉は、くっきりと寄せられている。呼びかけを無視して、上靴を脱ぎ、下靴を履く。話を聞くつもりもないし、帰るという意思表示だ。
 昇降口の重たい扉を開けながら、瞳は首だけで振り返った。思った通りの人物がそこに立っている。この騒がしさの直接的な原因だ。
「何でこんなところにいるの? 史ちゃん」
「瞳が帰りそうだったから、追いかけて来たんだよ」
 体力はあるはずだが、それでも肩で息をしているあたり、彼が自分で言う通り、確かに急いで用意してきたのだろう。
 瞳は扉を開けきると、昇降口の中を見た。彼と話したり足りないのであろう人々が、じっと彼――どちらかというと邪魔をする瞳の方――を見つめている。
 そんな彼女たちを横目で見やると、瞳は肩を竦めて言った。
「まだ、史ちゃんに用事のある人、たくさんいるみたいだけど」
 じゃあね、と瞳はそういうと、校門の方に向かって歩き出した。彼が忙しいのは彼の問題であって、瞳には関係ない。
 校門から外に足を踏み出して、ようやく高校の敷地を出たといえよう。瞳はこれから十数分歩いて最寄り駅で、鈍行に乗って帰って行く。
「瞳!!」
 また誰かが声を張り上げた。瞳の眉根の皺がくっきりと深くなる。足音が近づいてくる。ガッと肩を掴まれたので、瞳は眉根の皺を深くしながら振り返った。
 そのとき、突風が辺りに吹き荒れる。瞳の荷物を覆っていた覆いが舞い上がってどこかに飛んでいってしまった。
「瞳……あのさ……それって」彼が指差すのは瞳が持っていたチョコレートの紙袋だ。「誰に渡すつもりだったの?」
 瞳は深々と溜息をついた。それから、泣き笑いのような笑顔を作ると、彼に向かって紙袋を突きつける。
「史ちゃんに渡すつもりだったわ」

1/19/2025, 9:53:05 AM