水蔦まり

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第三十三話 その妃、淡い光に
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 丸二日もあれば、体制を整えることも、それなりの人数を引き連れて来ることも、そして辺境にある離宮の場所も、突き止めることができたのだろう。


 穴の空いた壁から漏れる松明の明かり。
 擦れ合う金属音。土を踏み締める足音。
 微かな草葉の青い香りと、雨の気配。



“少しばかり懲らしめて差し上げなさいな”
“相手はそれでも妃。脅す程度で結構です”
“愚かなことを、もう二度とさせぬよう”
“後宮の秩序を守るのも、我々の役目なのですから”


 多くの人の夢や記憶を渡り歩いた。その中には勿論妃たちもいる。
 その妃の瞳を通して見た従者や、雇われた所謂不成者たちも。そして、彼らの記憶も。



「徹底的にやるとは言ったけど、素人の命は奪わない方向で宜しく頼むわね」

「……それが絶妙に難しいことわかって言ってます?」

「でもできるんでしょう?」

「……ま、もうわかってますけど」


 「もう何も驚きませんよ」と、恐らく初めから予測をして呼び出していたのだろう。

 麒麟の鬣を優しく撫でてから、そっと耳打ちをすると、甘えるように鳴いてからすうっと姿を消した。


「好かれてるのね」

「あなたのことも嫌いではなさそうですよ」

「主人のあなたを扱き使ってるのに?」

「彼らは、あくまでも僕の友人ですので」

「……私、式神さんとお友達になりたいわ。すごくいい関係を築けると思うの」

「いいですよと素直に頷けると思います? 完全に何か企んでいるような顔してる人に」

「あら。失礼しちゃうわね」



 そうこうしていると、まるで蛍のような淡い光が、やさしく降り注いでくる。
 幻想的なそれに目を奪われていると、隣からそっと顔を覆い隠す紙を手渡された。


「鱗粉を見たり吸い込んだりなさいませんように」

「……せっかく綺麗なのに。残念ね」

「幻覚が見たいのであれば、止めはしませんよ」


 そう言いながら、結局自分よりも先に困った妃の顔を覆う辺り、彼もまた心配性の塊なのだろう。



「どんな幻覚が見られるの?」

「そうですね……強いて言うなら、自分にとっての“たった一つの希望”が叶う。そんな感じでしょうか」

「そう。……少し、見て見たい気もするわね」



 自分にとっての“たった一つの希望”とは、一体何なのか。

 ……ただの希望に、どうして彼の顔を思い浮かべるのか。






#たった1つの希望/和風ファンタジー/気まぐれ更新

3/3/2024, 9:45:26 AM