たなか。

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【上手くいかなくたっていい】

 何も上手くいかなくたっていい。そう決めた頃にはもう恐れるものなんてなかった。あの人に見えすぎる目をもらった時から。昔から、我慢が得意だった。だから、気づかなくてもよかった。それでも、当たり前は当たり前ではなかったと気づかされてしまった。でも、それが悪いことだとは思えなかった。あの人は私の見えない世界を広げてくれたんだ。周りに恵まれたくせに蓋を開けてみれば幸せとは思えないことに気づかせてくれた。肯定をしてくれる周りに否定しかしてくれない小さな世界。
「こうすればいいんじゃないか?」
 意思のすり合わせ。違う価値観を共有しあって世界の見方を増やしてくれるやり方。純粋で何を言われても聞き入れてしまう私に目をくれた。自分のことに関してはポンコツなのに人のことに対して敏感な私を守るための生き方。上手くいかなくたっていい。そう思わせてくれるやり方。
「私はお前さんに幸せになってほしいんだよ。」
「私も幸せになりたい、何も知らなきゃよかったかなって思う時があるの。」
 知ってしまったが故の価値観のすれ違い。あー、この人たちは私の本質なんて見てはくれないという失望。話を聞いてくれないのなら話す必要もないじゃないか。いつしか、呆れて諦めるようになった。
「お前さんは期待しすぎてしまったんだな、あいつらに期待しても無駄だよ。」
「だって、こんな私にだって出来たんだよ? あの人にだって出来る可能性があるの。」
 押し付けるには重すぎた。良すぎる目を使うには純粋でお人好しすぎた。今まで、私を見てくれているフリをしているやつは私のことなんて見てはいなかった。自分の過去の過ちに気づいてしまった時には。
「クズだな。」
 そんな言葉しか出てこない。分かっていた、分かり切っていた。どこかで見ないフリをしているだけで気づいているはずだったんだ。自分の痛みばかりに見ないフリをして他人の痛みに敏感になることに慣れていた、慣れ過ぎていたんだ。若いのに。あの人はきっとそんな私が見ていられてなかったんだろう、そんな風に思う。だから、賢くするために世界を見せてよく見えすぎてしまう目をくれたんだ。
「ありがとう。」
「何がだ? いや、こちらこそありがとう。」
 この関係性に終わりが来るならばきっとそれはどちらかが壊れてしまった時なんだと思う。

8/10/2023, 3:17:44 AM