丑の刻、妖共が浮足立つ重たい夜。
私は泥沼に沈んだような足を引きずって、街を歩いていた。時折、こちらを覗く何かがいるのだが、気にしている場合ではない。何もせずとも時は進む。
私は、ゆったりと黒い空を見上げて、音を立てて落ちる水滴に目を閉じた。その瞬間、まっくろけなものが私に纏わって、ぐるりと世界がまわった。
地面が解けて、空気は液体となり、私を闇へと引きずり込む。忍び寄る死の気配と共に、ずぶりずぶりと泥沼にはまる感覚が心地良い。
『最悪』
誰かの香の香りがして、眩しいものが私の中に流れ込んだ。そろっと目を開く。
雨の雫が、鮮やかな極彩色を含んで光っている。それも一つではなく、少なくとも私の周りはそれらに囲まれていた。ぼやけた視界でも判るほど、それは強く、濃く流れてくる。死の気配が遠のいて、足を絡めた泥沼は、ずるりと堕ちていった。
ぼうっとした意識の中で、君が浮かぶ。何故、此処にいるのだろう。
泣きそうな顔をした君は、私の無事を確認すると、ほうっと表情を緩めて私の頭を撫でた。優しくて、温かい気配は、泥沼の闇よりも深く沈んで私を守る。黒い雨は何時の間にか止んで、白い光が海の奥から顔を出す。私はかなり長い時を歩いていたようだ。ぷつん、と外界との通信が途絶えて、私は波に呑まれる。先程よりも幾分かましになった光は、私に纏わって消える。
外界との通信が戻ったら、彼に礼を伝えなくてはいけないな。そんなことを考えている内に、私の意識は完全に途絶えた。
6/6/2024, 10:04:08 AM