光合成

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『凍える指先』

「ごめん」
あの日、君が僕に言った言葉。
ずっと後悔している。
ごめん、ごめん、ごめん
頭の中で何度も反芻する。思考に溶けて、ゆっくりと言葉の原型を失う。
もう、君の声も忘れてしまった。

寒い冬の日だった。
君はいつもと変わらない顔で僕に笑いかける。
だから気付けなかった。
いつもしていたピアスがなかったこと。
新しいコートを着ていたこと。
荷物が少なかったこと。

冬の海は静かで、寄せる波が少し荒い。
潮風が冷たくて、マフラーを口元まで上げる。
僕の前を君が歩いて、その足跡をなぞる。
白いマフラーが、ぼやけて世界に溶けだす。
ロングコートをひらめかせて君が振り向いた。
寒いねって言う君の鼻は赤くなっていて、赤鼻のトナカイだなんて馬鹿なことを考えていた。
そっと繋いだ君の指先は暖かかった。
その温度が心地よかった。

夕焼けに照らされる改札を君が通る。
またねと手を振る君は、どんな表情をしていただろうか。
歩き出した君の背を見つめる。
曲がり角でふと振り向いた君の口が動く。
「ご め ん」
確かに、そう動いた。
思考が止まる。追いかけなくちゃ。足が動かない。
どうしよう。君が遠くへ行ってしまう気がした。

電車の警笛が鳴り響く。
やっと我に返った僕は急いで改札を抜け、ホームへ続く階段を駆け下りる。
君はもう、いなかった。
誰かの叫び声が響く。

君の体温が冷えていくのがわかった。
凍える指先は寒さのせいか、それとも……。


2025.12.09
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12/9/2025, 10:40:31 AM