虚書/Kyokaki

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【テーマ:愛言葉】

 またスランプ入っちゃったので暇つぶしに。

 愛というのはなかなかに不思議なものなのだろう。今までどうとも感じなかったものが急に輝いて見えたり、急に色褪せて見えたり。
 そう感じるのはなぜだろうか。そう思えるのはなぜだろうか。
 僕はその感じ方は素晴らしいものだと思う。まあ、僕がそう思えるような人にあったことがないからこその思考なのだろうが。




「ごめん、待った?」
「うんん。行こ。」
 いつもと同じ、待ち合わせのときの会話だ。キミが先に居て、僕が後。本当は僕が待っているべきなんだろうけど、なんでかどうしてキミを待たせてしまう。
「あれいいじゃん。食べる?」
「並んでるね。」
「じゃあやめよ。」
「あれとかどう?」
「並……んでないね。ならあれがいい。」
「分かった。」
 キミはこんなにせっかちなのに僕を待ってくれてるのはなぜなんだろう。僕が提案してキミが選んだ店に入りながら思う。
「……こっち見てないで、さっさと選びなよ。」
「え、見てた?ごめん。キミは決めた?」
「甘口カレーとセットドリンクバー。」
「じゃあ僕は中辛にしようかな。すみませーん。」
 人見知りな彼女の代わりに店員さんを呼び、注文を告げる。そしてキミは淡々と「野菜ジュース。なかったら白ぶどうかお茶。」と要望を伝えてきたので、ドリンクバーへと向かう。
 この店は野菜ジュースがあったので、コップにアイスを入れてからオレンジジュースより濃い橙色が溜まっていくのを確認する。その後僕のコーヒーがカップに注がれるのを待つ。
「はい、どうぞ。」
「ありがと。」
 そうしてキミは一口飲んでから、話しかけてきた。
「何考えてたの?」
「えっと、いつのこと?」
「メニューのとき。」
「ああ……キミって並ぶの嫌いなのに僕を待ってくれてるの、何でかなって。」
 ちょうどその時、カレーが来た。「甘口のお客様」で俯きながら小さく手を上げているのが可愛いと思ってしまうのは惚れた弱味だろうか。
「いただきます。」
「……いただきます。」
 ワンテンポ遅れたキミが気になったが、カレーを口に頬張って僅かな笑みを浮かべているのが愛らしくて忘れてしまった。
 それから、待ち合わせのときの疑問も消えるほど楽しい時間を過ごした後。悲しい時間が訪れるほんの少し前。
「……私がいつも先に待ってるのは、あれが合言葉みたいだから。それだけだから。それじゃ。」
 キミはいつもより早口で言い、駅のホームへ向かってしまった。合言葉というのはどういうことだろうか。
 家路で考えて、家に帰ってからも考えて、シャワーを浴びた後に漸く辿り着いた。“ああ、合図なのか”と。
 彼女は案外はっきり言う性格だ。TPOは弁えるが、僕の前だとそこそこ気が抜けているようで口が滑っていることが多々ある。
 つまり、彼女はつまらないと思うことはつまらないと言うのだ。それがないということは、僕と一緒に居るのを存外楽しんでくれているんだろう。そしてその楽しい時間が始まる合図があの会話。合言葉。愛から生まれたのだから、愛言葉とでも言うべきか。
「ふふ。」
 “次の愛言葉はいつにしようか”だなんてラインをしながら微笑んだ。

10/26/2023, 6:46:07 PM