《泣かないよ》
私の愛した人は、ある人を崇拝していました。
その人全てが優先で、私になんてちっとも振り向いてはくれなかった。
我ながら男の趣味が悪いですよね。
でも、惚れてしまったのだから、仕方がありません。
彼の崇拝する人のことを語る表情がこの世の何よりも尊くみえたのですから。
私が危険に晒されたそのときも、彼は崇拝する人のことを優先して避難させました。
そうでなければ私の愛する彼ではありません。
私のことも迎えに来ると約束してくださいました。
あのような状況で、私のことを思い出してくれた、それほど思われていたのだと、実感できた。
その瞬間は本当にしあわせでした。
私が死んだところであなたは泣いてはくれないでしょう。
あなたの全ては崇拝する彼のことで満ちている。
ただ、あなたが崇拝する彼のことを語るとき、少しくらいは私を思い出して欲しい。
最期なのだから、我儘を
変な女だった。
俺があの方を語っているとき、驚くほど優しい顔を俺に向けて、話をよく聞く、できた女だった。
いつしか、其奴にしかあの方の話をしなくなった。
他の奴ではどうしても何か物足りなかった。
それだけの、女だった。
彼奴が死んだ。
約束通り迎えに行ったときには、息絶えていた。
選択を間違ったとも思わないし、後悔もしない。
彼奴もそのあり方を分かっていたし、「お待ちしております」と言っただけだった。
人の死には慣れている。
いつものように遺体をゴミ袋に詰めようとしたが、気分が変わった。
彼奴が入るくらいの箱に遺体をしまった。
そんで周りをコンクリートで固めて海へ沈めた。
「やっぱ兄貴には勿体ねぇいい女」
それが俺たちの姐さんに対する最終の評価だ。
姐さんの恋は絶対に報われないことは明白だった。
『強いやつが偉い』が常識のこの世界でか弱くて雑用ばっかの姐さんははっきり塵芥のような存在だ。
ただあの兄貴を最期まで愛し尽くしたところで姐さんと呼ばれるようになった。
普通ノータイムで絶対絶命の自分を見捨てる判断を支持できるか?
それが愛した男だって貫けるか?
あそこまでの愛をみせつけられちゃ俺らも姐さんとお呼びするしかねぇ。
それに、姐さんの愛は報われた。
あの雑に部下に遺体をバラしてゴミ袋に詰めるように指示する兄貴が、わざわざ箱に壊れないように入れてコンクリートで固めて海へ沈めるなんて金もかかる面倒くさいこと、本当に気に入ってなきゃしねぇよ。
しかも死体を入れんのは兄貴自ら、なんてよ。
まぁ、あの兄貴が素面だと姐さん以外にボスについて語らなくなったり、酔ってても語る前に姐さんの名前を二、三回呼んで俺らを姐さんと勘違いして語り始めるんだから、なんとなく、お気に入りなんだろうとは思ってたんだけどな。
兄貴は姐さんが死んだことについて泣いたことはない。
ただ、いつも通り俺らにボスについて語るときに、ふと何か違うと首を傾げるのだ。
それは兄貴が亡くなるそのときまで変わらなかった。
3/17/2026, 4:57:18 PM