おへやぐらし

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街角の小さな雑貨屋さん。
赤い屋根のお家と、そこに暮らす動物たちの人形。
うさぎのお母さんはエプロンをつけて、
お父さんは新聞を広げ、
子うさぎたちはテーブルを囲んでいる。

「ねえ、お母さん、これ欲しい」
私は母の袖を引いた。

「高いのよ、これ」

値札を見て眉をひそめる母。
弟がぐずり始め、母の意識はそちらへ向いてしまう。うなだれたまま振り返ると、淡いピンクのワンピースを着たうさぎの女の子が、じっとこちらを見ていた。

連れて行って。
そんな声が聞こえた気がした。

きょろきょろと周囲を見回す。
誰もいない。私は震える手で人形をポケットに滑り込ませた。心臓が跳ねる。悪いことだとわかっていた。でも、この子は私のものだ。

家に帰って、部屋で改めて眺めてみる。
小さな手足、つやつやした黒い目。

「今日から私たち、友達だからね」
枕元に隠して、私は眠りについた。

その晩、夢を見た。

目の前には赤い屋根のお家。ドアを開けると、
うさぎのお母さんが笑顔で迎えてくれた。

「よく来たわね。待っていたのよ」

家の中は温かくて、甘い匂いがした。
テーブルには小さなケーキが並んでいる。
子うさぎたちが私の手を引いて椅子に座らせる。

「今日からここがあなたのおうちだよ」

うさぎの女の子——あの子も、そこにいた。
隣に座って、私の手を優しく握る。

音楽が流れ始め、みんなでダンスを踊った。
くるくると回り、笑い声が響く。

だが、楽しい時間は突如として終わりを告げた。
茶色のオオカミ人形が現れ、
子うさぎたちを追いかけ始めたのだ。私が木の剣で
追い払うと、仲間たちは一斉に拍手した。

なんて楽しい世界。ここにずっといられたら、
どんなにいいだろう。

それから毎晩、同じ夢を見た。いや、夢なのかどうかも、もう分からなくなってきた。

「最近ぼーっとしてるわね」
母が心配そうに私の顔を覗き込む。

「大丈夫」

本当に大丈夫。
だって、あの家が私の居場所だから。

目を開けると、私はまたあの赤い屋根の家にいた。
隣にはうさぎの女の子。お母さんも、子どもたちも、お父さんも、みんな揃っている。

「お帰りなさい」

その時、どこかから足音が聞こえた。
透明な壁――ショーケースの向こう側に、
母がいた。弟も一緒だ。母は何かを探すように
視線を彷徨わせている。

『あの子、どこ行っちゃったのかしら』
母の声が、遠く、くぐもって聞こえる。

「お母さん!」
私は叫んだ。立ち上がって、壁を叩いた。
でも声は届かない。

人形たちが一斉にこちらを見た。
母は私の存在に気づくことなく、
弟の手を引いたまま再び歩き出す。
足音が遠ざかっていく。

「お願い、行かないで」

二人の背中を見つめていると、
うさぎのお母さんが微笑んだ。

「大丈夫。もう寂しくないわ」

「ボクたちがいるもの」
子うさぎたちが言う。

「ずっと一緒よ」
うさぎの女の子が私の手を握る。

ここが私の居場所。
ここが私の家族。
遠ざかっていく足音は、もう聞こえない。

お題「遠い足音」

10/2/2025, 8:15:18 PM