※中学生百合。金髪パリピ系女子と黒髪ロングの物静かな女子。
「あたしさー、黒髪の頃の自分、嫌いなんよね〜」
中学校からの帰り道。産まれてこの方、染髪なんて一度もしたことのない黒髪をスカート丈と同じように長く伸ばした私と並び、唐突にそんなことを言い出したのは、金色に近い明るい茶髪に髪を染め、丈を短くした制服のスカートを揺らして歩く、何処からどう見ても「不良」にしか見えない同級生。
この子の名前は明里綺良々(あかりきらら)。えっと、その······一応、私──古森伊子(こもりいこ)の、こ、こ······恋人、ということに、なっている。見た目のイメージからも明らかなように、私達は対極の属性といっても過言ではない。それが何故、そんな間柄になってしまったのか。
私は友達とは少人数で話すのが好きで、しかもどちらかと言うと自分から話すことは少なく聞き役に回ることが多い。大勢の人の輪の中に入れられると、何も喋れなくなりただニコニコ笑っていることしか出来ない。読書をすることや、勉強をすることが好き。スポーツは得意じゃなくて、運動音痴。教室の隅で密やかに生きる、半分空気みたいな存在。
対する綺良々はと言うと、髪色は派手だしスカートもすっごく短くしているけど、「不良」だとか「ワル」みたいな子ではなくて、むしろクラスの中心でワイワイと皆で賑やかに楽しんでいて、所謂「パリピ」の方に近いのかもしれない。勉強は嫌いみたいで授業中はほとんど寝てるか周りの席の子達とお喋りしてて、運動神経はいっそ羨ましく思うほどに抜群だ。名前の通りに、明るくてキラキラしてる人気者。
私達は同じクラスではあったし、稀に綺良々から話し掛けられた時にはあたふたしながらも応答したりしていた。でもそれは私だけじゃなくて、他のクラスメイトへの接し方にしたってそうだった。私だけ特別、みたいなことは断じてなかった。
だからあの日······たまたま帰宅するために向かった下駄箱で二人きりになって、そこで「あたし、古森のことそういう意味で好きだから、付き合いたいんだけど」なんて、豪速ド直球なストレートすぎる告白を受けることになるだなんて思ってもみなかった。
そもそも私は、自分みたいな人間のことを好きになってくれる人なんてこの世界に居るわけない、と思いながら生きてきたし、そんな中学生で恋人なんて早すぎるのでは!? とかも思ったし、しかも女の子同士で付き合うってどういうこと······? って疑問もあったしで、綺良々の告白に対してすぐに言葉を返すことが出来なくて、でも何故か顔だけは物凄く熱くって。きっと真っ赤になってしまっているのであろう顔を少し俯かせながら、「あ」とか「う」とか「えと」とか、そんな言葉になりきれなかったただの音を無意味に発しながら、頻りに瞳を右往左往させたり······と、これでもかとコミ障ぶりを発揮し尽くしていた。
······というのに、綺良々はそんな私にフラフラと吸い寄せられるように近付いてきて、ふわりと優しく両腕を私の肩の辺りからダラリと背中へ垂らし、その先で手と手を組んで、「可愛い······」と熱に浮かされたような声でそんなことを呟き、突然ガッツリと私の体を抱き締めてきた。パニックで硬直し、更に熱さを増したような気がした顔面。頭の中は「?」で埋め尽くされていて、相変わらず何が起きているのか全く理解出来ていないような状況だったけど、不思議と嫌な気持ちには全然ならなくて。そうやって私を抱き締めながら、綺良々は私の黒髪にスリ······と頬を擦り付けながら、言った。
「ごめん、我慢出来なくて······でもあたし、本気だから。今ね、あたしの心臓バックバクしてて超うるさいけど、でも古森の近くに居ると凄く安心する。あたしが求めてたものってこれだったんだ〜って、そう思ったんだよ。だから······」
綺良々は抱き締めていた腕を解き、今度は両手を私の肩にポンと置き、真正面から私を見つめた。綺良々の顔も真っ赤になってて、綺麗なカラコンが入ってる瞳はチワワみたいにウルウルと水気を増していて、たったそれだけのことで私の心臓は一気に鼓動を早めて、胸の奥がキュゥッとなった。
「お願い、古森。あたしの恋人になって」
小首を傾げながらそんな「お願い」をされてしまったら、もうそんなの答えは一つしかなかった。
後から当時のことを思い返した時に、その場の雰囲気に当てられたか、流されたか······そんな、綺良々に失礼すぎる成り行きで恋人になんてなったのではないか? と自問自答することを何回か繰り返したけど、私の答えは結局いつも同じだった。私にないものをたくさん持ってて、こんな私にたくさんの「好き」を伝えてくれる綺良々のことを、私も好きになっちゃったんだ。
······そうして漸く話は冒頭に戻るんだけど。
「黒髪の綺良々かぁ······ちょっと想像出来ないかも? でも、何で嫌いなの?」
「そんなの、理由なんて一つに決まってんじゃーん! 全っっっっ然、似合わなかったの!」
綺良々は、私の背中に流れる髪を一房掬い、それをサラサラと落としていきながら、ホゥ······と幸せそうな吐息を吐く。
「伊子みたいな見蕩れるような綺麗な黒髪だったら、また違ったのかもしれないけど」
「も、もうっ······! は、恥ずかしいから、やめてよ······」
「伊子がいちいち可愛すぎる反応してくれるのが悪いんだよー?」
「理不尽だよぉ······」
暫く私の髪に悪戯していた綺良々だったけど、その指は私のご機嫌を取るみたいにスルリと私の指へと自然に絡まってくる。恥ずかしい······恥ずかしいけど、私も勇気を出して自分の方からも綺良々の指に自分の指を絡めた。途端、力強く握りしめられて、私達──相反する二人の少女達は、想いを確かめ合うかのように互いの手を握り、同じ歩幅で歩く。
「······私、綺良々の陰にしかなれないなぁ」
何気なく私が呟くと、綺良々は私の方へ顔を向け「どゆこと?」と尋ねてくる。
「ん、と······綺良々って、すっごく眩しいから。こうやって綺良々の隣に居る私は、綺良々の眩しさに飲み込まれて、真っ黒い日陰にでもなってるんだろうなぁって」
綺良々とこういう関係になって、二人肩を並べて生きるようになって······そうして私は改めて、この明里綺良々という人物の煌めきを再認識した。強すぎる光は、陰を生み出す。私はまるで、綺良々に憧れて真似してみただけの綺良々の陰みたい······なんて、少しばかり考えていたんだ。
「······伊子、相変わらずむずかしーこと考えすぎ!」
「あはは······ごめんね?」
「あと! よくわかんないけど、伊子は日陰でいーの!」
「え······?」
私も綺良々の言いたいことがよくわからなくて、首を傾げながら綺良々の顔を見つめる。
「だって日陰ってさ、あっつーーーい夏の日にあると嬉しくなんじゃん!? ここでちょっと休も〜······ってなるじゃんね? だから伊子は、日陰でいーの。あたし専用の休憩ポイント! 癒し効果バツグン!」
そんな、想像もしていなかった綺良々の持論を聞いて······私は、声を出して笑った。
「アハッ! アハハハ! もう、綺良々ぁ〜······真顔で面白いこと言うの、やめてよ〜」
「ハァ!? 今の、何処が伊子のツボにぶち刺さったぁ? 伊子の笑いのツボ、マジわからんのだがー
!」
「ごめん、ごめんね? 面白かったのはそうなんだけど、でもそれ以上に······嬉しかった。ありがと、綺良々」
「······〜っ!」
突然吹いてきた風が私達を包み、私のこの黒の髪が舞い踊る。漆黒の闇を彷彿とさせていたはずのそれは、大好きな人の癒しになれることを喜び、縦横無尽に跳ね回っては嬉しさを露わにしていた。
1/29/2025, 4:18:23 PM