「振り返るな、早く逃げろ」
目の前のフェリーンは一向に離れようとしてくれない。危険はすぐそこに迫っているのに。
「どうして聞いてくれないんだ」
握る力が強くなる。このまま体を出すわけにはいかず、俺は膝を付いて彼女に目線を合わせた。頭を撫でて、彼女をどうにか逃がす方法を考えている。
「私を置いて行かないで……ジルまでいなくなったら私は……」
彼女も俺も、両親を殺されている。
特に彼女の方は、最期まで苦しみ、看取ることすら許されなかった。
今でもその心の傷は癒えていない。癒えるまもなく傷は増え、とうとう命まで狙われることになってしまった。
「俺は、お前の家族に誓ったんだ。お前だけでも必ず守ると」
「ここに来るまで、色んな人が手を貸してくれた。命がけでな。お前ならこの意味をわかるはずだ」
震える手を握りながら、彼女にそう語りかける。冷静に、声を荒らげないように。彼女は静かに泣いていた。声を抑えるように、涙を拭いながら聞いていた。
「わかってくれてよかった。それに、俺は騎士で、お前との約束は絶対だ。俺が一度でもお前との約束を違えたことはあるか?」
そこまで言うと、彼女は首を横に振って、着けていたブレスレットを差し出してきた。
「信じてくれるのか……ありがとう。なら、俺からはこれを」
首にペンダントを掛ける。攻撃を受け止める術式を埋め込んだものだ。どうしても離れなければいけない。そんな中でも、彼女には無事でいてほしいから。
「ジル……また、私と一緒にいてくれる?」
「もちろんだ。その為にも逃げてくれ。何年かかっても、必ずお前を見つけ出して会いに行くから」
そう言って彼女を抱きしめる。
彼女の吐息が耳元にかかってくすぐったかった。名残惜しいけれども、彼女を送り出した。
「ジル……行ってくるね」
「行ってらっしゃい、ネイ」
彼女と一生を添い遂げるその日まで、俺はこの命を誰かに渡すつもりはない。
彼女の隣にいられるよう、まずは目の前のことを片付けようじゃないか。
『行ってきますなら、おかえりとも言えるだろう?』
お題
「さよならと言わないで」
12/4/2022, 10:07:20 AM