水蔦まり

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第四十二話 その妃、不敵に笑う
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 初めは、ただの尊敬であった。
 誰に対しても分け隔てなく、そして救いの手を差し伸べるその姿勢や清い心は、まさに理想そのもので。

 それが憧れへと変わるのは時間の問題だった。


 様々な野心を抱え、小国の天辺へと上り詰めた男は、多くの民の指針とならねばならない。

 英雄に求められるものは、確固たる強さと切れる頭と度胸と、強いてあげるなら容量の良さか。


 けれど、帝に求められるものはそれでない。
 必要なのは、その少女が持つ“心”そのものであったからだ。



 だから、素直に教えを請いたいと願った。
 けれど、少女が首を縦に振ることはない。

 それを、きっとどこかでわかっていた。
 否、もしかしたらその心を試していたのかもしれない。少女のことを、もっと知りたくて。


 初めは美しい花を、次に珍しい食べ物を、その次は上等な絹を。金、家、土地、地位、権力、一生楽して生きていけるだけの自由を。

 それでも少女は断り続けた。
 己の身は神に、そして多くの人々に捧げているからと。


 けれど、少女を求め続けた。
 少女が断れば断る程、手に入れなければ気が済まなくなっていた。



 だから、考え方を変えることにした。
 与えるのが駄目なら、奪ってしまえばいいのだと。


 まずは少女の身の回りから。
 仕事を奪い、仲間を奪い、経歴や実績、そして尊厳を失わせた。

 それでも足りないならと、生まれ故郷に火を放ち、帰る場所も、住む家も、家族も奪った。


 そして、全てを無くした少女に追い討ちをかけるように、新しく全てを与えた。とある小さな村を助けて欲しいと言う、少女の良心に付け込んだ。


『……あなたは、とてもさみしい人ですね』


 そして、手に入れたら最後。
 どんな手段を使ってでも、この鳥籠からは決して逃がさない。


『子供を作らせろ。身重なら早々動けまい』


 必要なのは、金でも、地位でも、国でもない。

 ただ、少女の心。
 それだけだった――。



           * * *



 今にも飛び掛かっていきそうな阿呆どもに、手を挙げて待ったをかける。



「だろうな。そろそろ来る頃だろうと思っていた」


 目の前の女には、そもそも人捜しなどするつもりはさらさらなかった。女の目的はただ一つ、とある男の命を守り通すことだけ。


「でもいいのか? ここで手を出せば、そなたの願いは叶わぬぞ。今考え直すのであれば、最初で最後の機会をやろう」

「結構よ」



 そうして彼女は、清々しい程不敵に笑った。



「他人に願いを叶えられるなんて糞食らえよ」

「同感だな」



 そして、同時に残念に思う。
 方向性が同じであれば、きっと良い友となれただろうにと。






#もっと知りたい/和風ファンタジー/気まぐれ更新

3/12/2024, 2:54:56 PM