ダンタリオン

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『最初から決まっていた』

本当にツイてない。今日はもう、本当に、本っ当にツイてない。
待ち合わせに遅れてしまったのに、謝罪もせず、開口一番そう叫ぶ私を、生暖かい目で見る友人に抱きついた。

繁忙期、無理矢理こじ開けた休みだったのだ、今日は。抱きついた私の背中を優しく撫でる、この友人と会うための休みだった。

前日から"ツイてない"の前兆はあった。
もうとにかくクレームの嵐で、対応に追われ、休憩も取らずに働いて、結局残業してしまった。帰ったら日付が変わっていた。

風呂に入って部屋に戻った瞬間に寝落ちした。疲れていたから。でもアラームはついていた。必死にスマホをまさぐって何とかつけたのだ。
なのに、なのにアラームってやつは、鳴ってくれなかった!

聞こえなかったわけじゃない。充電器ケーブルが何故か断線していた。昨夜寝る前は繋がっていたのに!私の寝相のせいか?何かに引っかけたのか?蓄積ダメージで不意に?
でもそんなことを考えている場合ではなかった。とにかく、充電をして遅れてしまうと伝えなければ。何せ何時なのかも分からない。デジタルに侵された人間だから、アナログ時計は持っていなかった。

奥からコードを引っ張り出し、1週間前から悩みに悩んで決めた服を着て、化粧もヘアセットも終わらせた。冷や汗をかきながら確認したスマホの中には、待ち合わせぴったり11:00の表記。
これには絶句した。待たせてしまう申し訳なさと、会う時間が減ることへの悔しさがどっと押し寄せた。

トークアプリから悠にチャットを送るため、スマホは軽快なタッチ音を鳴らす。既読はすぐについて、大丈夫のスタンプ。大丈夫といったら、大丈夫な奴なのだ。本当に大丈夫だと思ってるような奴なのだ。これ以上謝っても時間は縮まらない。急いでスマホをバックに放り込み、足早に家を飛び出した。

必死に走ったというのに、家の最寄り駅に着いてまた愕然とした。
今度は待ち合わせの駅まで、電車が遅延している。腹が立って仕方がなかった。何に対しての苛立ちかも分からなかったが、地団駄を踏んで暴れ散らかしたい気分になった。私は今すぐ悠に会いたいのに!

結局、悠と会えたのは待ち合わせから1時間が経っていた。
溜息混じりにこぼすと、悠が笑う。

「早く会いたいって思ってくれただけで嬉しいよ。」

私は、柔らかく結ばれた三つ編みに頬擦りするようにくっついた。

「それに、ちょうどよかったの。」

そう言うので、不思議に思った。それが顔に出ていて、恐らく間抜けな顔をしていたんだろう。悠は淑やかに笑った。

「昇進祝いに連れてくって言ってたお店、1時間間違えて予約しちゃってたみたい。お店に連絡したら言われたの、12時半だったんだって。今から行けばちょうどよ。」

ちょっとだけおっちょこちょいな悠のことだ、これはきっと本当のことだろう。
それに読みたかった本も今読み終わったところなの。悪戯っぽく笑って言ったこれは、優しい嘘だ。
だってさっき、本の真ん中に栞をさしていた。

「結果オーライってことか!」

でも、信じたことにしよう。

「そうだよ。さすが優子ちゃん。」

笑う悠の手を取って、歩き出す。
出会ったあの時から、決まっていたんだろう。
今日私が遅刻してしまうことも、悠と私ではずっと一緒にいられないことも、友達の振りをして手を繋ぐ中にそれ以上の情があることも。

それでも、悠が、他の誰かと結婚することも。

今日会う前から、風の噂で聞いていた。いつもと違う表情をしていた。悠が私に話すならきっと今日だ。
遅れてやってきたことを、悲しむような安堵したような気にしてないような、感情の綯い交ぜになった顔をしていた。

出会ったあの時に、私は決めたのだ。
どんな終わりになろうとも、どんな決断をされようとも、私だけは。
ふらっと消えてしまいそうな悠を、私と同じ地面に立って歩く生き物であるように繋ぎ止める、枷になると。

手に力を込めた。
それに気付いた悠が、泣きそうな顔をした。

8/7/2023, 7:25:49 PM