夜に近づくと共に賑わう駅前。
向かいのビルの大きいモニターからは、テレビで見たことあるグループのMVが流れている。
しばらく聴いてみたが、曲調が早く、早口で歌っていて、何を言っているのか分からない。
これを聴いている今の若者はすごいなぁって感心する。
駅前には、新社会人らしき若者が沢山いた。
笑顔で会話していて、まるでキラキラ輝く宝石みたいだ。
俺も昔はあんな感じだったのだろうか。
今は輝きを失った石ころだけどな……ハハハ。
今の仕事を辞めて、昔やりたかった仕事に就きたいって気持ちはあるけど、今更この歳でって思うと、勇気が出ない。
まぁ、別にこのまま現状維持でも、いいか……。
駅の入口へ向かっていると、ギターの音と歌声が流れてきた。
入口から少し離れた所で、俺と同い年ぐらいの男性がギターを弾きながら歌っている。
観客は一人もおらず、チラ見するだけで誰も足を止めない。
俺は歌っている男性に興味をもち、男性の元へ向かい、観客第一号になった。
曲調がゆっくりで、優しい口調で歌っていて、耳にすんなり入ってくる。
歌詞も分かりやすく、一昔の曲って感じだ。
「ありがとうございました」
男性は全ての曲を歌い終わり、ギターと一緒に一礼した。
観客は増えず、最後まで俺一人だけ。
俺は歌いきった男性に拍手を送る。
「最後まで聴いてくれたのは、あなたが初めてです。本当に、ありがとうございます」
「曲は全てあなたが作ったんですか?」
「はい、学生の頃に作った曲です。本当は音楽の道へ行きたかったんですけど、親に心配させたくなくて、普通に働く道へ進みました。でも、心のどこかで諦められない気持ちがあって……こうしてここで歌ってます。今更この歳でこんなことして変ですよね、ははは」
男性は笑いながら頬を掻く。
確かに、こういうのは若者がやることだが、俺には男性が若者と同じくらい輝いて見えた。
「いえ、そんなことないですよ。むしろ輝いててかっこよかったです。それに、勇気が出ました」
「勇気?」
「あ、いえ、こっちの話です。また歌ってるのを見掛けたら必ず見に来ますね」
「ありがとうございます。気をつけて帰って下さい」
俺は男性に軽く手を挙げて挨拶してから立ち去る。
俺も、やりたかったことやってみるか。
さっきより軽くなった足取りで、再び駅の入口へ向かった。
5/25/2025, 3:07:25 AM