未完の花

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薬疹が治まりつつあるのに、3日くらい前から、太ももに紫斑があるのに気づいた。全身よく見ると、脹ら脛の血管の辺りにもポツポツとふたつ。これは?ぶつけたわけでもない。口の中の渇きは治まりつつあるけれど治っていない、文字が滲む読みにくくなっている、瞼の裏がごろついている。
調べたらシュグレーン症候群なるものにヒット。薬疹から発症する事例が少なくない、難病だった。

これも引き受けることになるかもしれない。進行はゆるやかで10〜20年。そのうちに肺や腎臓まで侵される。失明する可能性は、それよりも早く大きい。

余命10年と考えれば御の字だと思う。それだけあればかなりの事が成せる。

またこの生検を受ければ、もしシュグレーンだったら投薬治療が始まってしまう。


ほっとくことにした。

わたしはこれから様々な病気を引き連れて生きて行くことになる。余命10年あれば有難い。これ以上の治療延命は望まない。

わたしは今までビクビクして生きてきた。怖いことは予測して遠回りして、多少靴が汚れても自分が汚れないように、慎重に歩いて汚い世の中を歩いて来たと思う。

これからは、この身を持って汚い事を引き受けなければならない。病気もそう。

出来る限り汗をかいて泥にまみれて畑を耕して、失敗したり喜んだりして、最後まで『本当に生きる』ということを全うしたい。受け取った身体を薬や動物の命や血で汚しきったまま死ぬわけにはいかない、少しでも綺麗にして還したい。

『本当に生きる』それが神様に対する礼節で、礼儀だと思う。自分の命を自分でどーこーしようなんて、不遜だと思う。どうにもできない。

人間は、掃除の役目として生まれて来て、それを志願して生まれてきて、親も兄妹も親戚も友人も知人も全て選んで生まれてきて、病気もそうなると覚悟を決めて、ご先祖様の願いが遺伝子の中に書き込まれていて「自分たちが逃げ回っていた神様の裁きを、一緒に受けて欲しい」との願いがあり、それを受け継いで生きて学ぶと決めて生まれて来た、全て自己責任なんだから、不貞腐れる理由は思い当たらない。


それを少しでもわからせてもらえただけでも有難い。『生き切る』と終わるのとでは、全く違う。自分で覚悟を決めなければ、『生き切る』事は出来ないんだ。




3/21/2026, 8:35:35 PM