ななしろ

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「実は俺、」

 おれの幼い弟に顔を近づけ、内緒話。友人はわざわざ周囲を見渡すふりまでしたあと、小声で囁いた。

「……魔法使いなんだよね」
「ほんとー?! にーちゃんしってた?!!」
「いや、おれも初耳。まさか魔法使いと友達だったとは……!」
「そ。びっくりしただろ?」

 視線が“合わせろ”と言っているので、大袈裟に驚いてみせたら弟はすっかり信じ込んでしまったらしい。興奮しきりで魔法を見せて! とせがみ立てる。エイプリルフールとはいえ嘘でしたと言える雰囲気じゃなくなったなと思っていたら、にんまりと笑った友人はおもむろに弟が着るパーカーのポケットを指差した。

「ポケットには何か入ってる?」
「ぽっけ? ううん、はいってないよ」
「それじゃあ俺が魔法を掛けるから、呪文が終わったらもう一度確認してみてくれるかな?」
「う、うん……!」
「いくぞ~」

 ポケットに向けていた人差し指をくるりと振り、唱えるのは謎の呪文。魔法に関して全くの無知であるおれは、それが友人のでっち上げなのか、何かの作品の引用なのかすらちっともわからない。
 弟は期待に満ちた様子で自分のパーカーのポケットを確かめる。そしてはっとした顔をすると、慌てて小さな手をおれたちの前に突き出した。

「ちょこ!! ちょこがはいってた!!」
「チョコだったかあ。お菓子を出す魔法なんだけど、何が出るかは俺にもわからなかったんだよね」
「そんな雑な魔法ある?」
「そんなもんだって」
「すごいすごい! もっとだせる? もっとみたい!」
「残念ながらここまで。本当はみんなに秘密だから、あんまり使うと怒られちゃうんだ」
「えー!!」
「ほらほら、困らせるなよ。また今度見せてもらえ」
「ちぇー」

 若干不服そうではあったが、友人と指切りの約束をした上、チョコを頬張った弟はすぐに機嫌を直した。次はどんな魔法を見せてもらおうとニコニコ悩み始めた弟に聞かれないよう、友人にそっと声を掛ける。

「つーか、どんなマジック? いつ仕掛けてた?」
「見ての通りだよ」
「わからんて」
「だから、魔法」
「……はあ?」
「ははっ、顔怖」

 いやおれにまでわかりきった嘘をつく必要ないだろ。そう思ったが、けたけた笑う友人をいくら問い詰めても、タネは教えてくれなかった。

「今日はエイプリルフール。でたらめだって許される日だろ?」

4/2/2023, 3:36:02 AM