あおい

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【無題】


密やかに秘めやかに、誰にも見られないように。
この気持ちをしまって鍵をかけて。
代わりはいくらでもいるのだと嘯いて笑う。
そんな日々はあっけなく崩れ去った。

「ごめん、」
ぽつりと落とされた言葉にふと我にかえる。
見られたくなかった、と思った。
きみの代わりに他人に欲を向ける自分を。

バタンと閉ざされた扉の音が反響して消える。
追いかけることもできないまま
伸ばした手を握りしめた。

腕の中で声を振るわすきみじゃない誰かは
くすくすと共犯者の顔で笑う。

(怒って欲しかった、なんて馬鹿みたいだ)


ーーーーーーーーー


2人きりの部屋で聞こえるのは息を吐く音だけ。
ふたりぼっちには慣れていたはずなのに。
今日は呼吸するのすら躊躇うようで。

「なにあれ」
「、え」
「昨日の」

ぽつりと落とされた声に、
その目に射抜かれて、
嘘をつくには時間が足りなかった。

「好きなんじゃなかったの、」
いつもより早口に告げられた言葉と合わない視線。

ずるい人だ、と
頭の片隅で誰かが乾いた笑いを漏らした。

「そんなこと、言ったっけ」

好きじゃない、好きじゃない。
そんな軽い言葉でこの気持ちを表せるなら
とうの昔にふたりは幸せになれたはずなのだから。

「違うならいいけど。でも、」

ああいうことしてほしくないな、
なんてきみが言うから。
どうして、なんで、教えてよってねだれたらいいのに。
わかった、と。いい子のふりをする。

この関係はいつまで経っても平行線。
脳裏に映るのはいつまでも、あの日のまま。


【脳裏】

11/9/2023, 12:48:35 PM