明日天気になあれ。
自分にしか聞こえない大きさで口ずさみながら、小さく弾みをつけて下駄を飛ばしたのは、今ので一体何回くらいかしら。
そんなことより、明日天気になれ。お願いよ、どうか。
私の願いを知らぬ大人たちが、垣根越しに話す声が風に乗って、無情にも切なる祈りの庭にまで届く。
──嫌になるわね、明日は雨降りですって。
──本当に。でもここのところ、日照り続きだったから、いいのではなくて?
ちっとも良くないわ。雨など降らないで。明日だけは。明日天気になあれ。ほら、下駄は晴れると言っている。
(姉さま、こわいよ)
弟のか細い声が耳元に蘇り、思わず両手を胸の前で組み合わせた。
(大丈夫、姉さまがずっとついていてあげますからね。ほら、紙飛行機を折ってあげましょう。何色がいいの?)
大丈夫、大丈夫よ。
カサ、と胸の奥で乾いた音が悲痛な声を上げた気がした。
そこに仕舞ったのは、枕元で折った紙飛行機。天まで届けと願いをこめて折った、晴れた空の色をした、夢のひとひら。最後の夕方。
明日晴れたら、一緒に飛ばしましょう、と約束したものね。
あした、明日、あなたは白い灰になって、それから煙にもなって、高くお空に昇るのよ。もうお布団にいなくていいのよ、良かったわねえ。
だから、姉さま祈るわね。どうか明日は晴れて、あなたが青空を見れますようにと。
明日天気になあれ。
明日天気になあれ。
明日天気になあれ。
嗚呼、でもね。姉さま本当は、天気なんてどうでもいいわ。晴れでも雨でも嵐でも、なんでもいいから、もう一度あなたと一緒にお外を走り回って遊びたかった。だけど、それは永遠に叶わなくなってしまったから、せめて、晴れた空くらい見せてあげたいのよ。
明日
天気に
なあれ。
(天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、)
6/1/2023, 12:40:08 AM