シシー

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 雨が降るとみんな消えてしまう。なのに誰も傘を持っていない。軒下やテントに駆け込んで苦々しい顔で空を覗くのだ。

 水たまりになることなく、地面に吸い込まれていく水滴を見届ける。踏むと硬いのに水を含んだ柔らかさを感じる不思議な質感だ。青く茂る芝も、新緑の木々も、自然に似せた人工物だから雨の匂いだけが本物としての存在感でこの場に満ちる。厄介だといわれるものだけが生きている。

 雨に当たって消えてしまった人の痕跡が残っている。
ふやけた紙のような媒介を残して、今頃コクーン内の本体が目を覚ましているはずだ。明日にはまたこの場所に集まり笑いのネタにでもするのだろう。よくある話だ。

 退屈で、退屈で、一歩外に踏み出してみる。
じわじわと染み込む雨が身体を溶かして、五感も何もないのをいいことに、自分の全てを消してしまった。



 勢いよく開かれたカーテンの音に反射で身体を起こす。
案の定、疲れた顔をした職員に怒られてしまった。もっと身体を大事にしなさい、と締めくくって出ていった。
 コクーンはもうほぼ完成しているのだからうるさく言われる筋合いはない。よく知らない『人』のために提供してやってるのだから少しくらい自由にしてもいいはずだ。

 頭側のボタンを押して、今寝ていた箱と新しい箱を取り替える。今度は夏仕様のシンプルなレース柄だった。
 そこにまた横たわって眠気がくるのを待つ。ゆるく波打つ天井に映された本物の外の海を観ながら呼吸をする。
いつまでも、ずっと、生きている間は、ずっとこう。
 鍵のない部屋で飼い殺されるのを受け入れるだけ。




               【題:カーテン】

7/1/2025, 7:51:30 AM