Ryu

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幼い頃、実家の裏山の頂上にひっそりと建っていた小さな神社で、言葉の話せるキツネと不思議な約束をした。
「お前が16歳になった冬、お互いの一番大切なものを交換しないか。俺はこの神社でずっと待ってる」
と、彼は言った。
「キツネの大切なものなんて、私は別に欲しくないけど」
お供えの油揚げとか、お賽銭とか?
何となく、キツネが、この神社に祀られてるお稲荷さんの使いだということは分かった。
「願いを叶える力があるとしてもか?それが俺の一番大切なものかもしれない」
10年後のことなんて分からない。
この神社だって、朽ち果ててしまっているかも。
「じゃあいいよ。私の一番大切なものが、セールで買った髪飾りだとしても交換してね」

あれから10年が過ぎた。
キツネとの約束はすっかり忘れていた。
今の私の一番大切なものは、セールの髪飾りなんかじゃない。
先月から付き合い始めた男の子。
私にとっても優しくしてくれる。
キツネと交換なんかしなくても、私の願いはちゃんと叶っているのだ。
まあ、約束したことすら忘れていたのだが。

ある冬の日、彼に誘われて、裏山に登った。
私が、「ウチの裏山に登るとね、すごく見晴らしがいいの」なんて彼に教えたからだ。
神社のことも、キツネのことも忘れていた。
軽く汗をかきながら、ものの数十分で頂上に辿り着く。
そして、朽ち果てた神社を見つけた。
あの日のことを思い出した。
私の一番大切なものは、今私の隣りにいる。

「私ね、幼い頃、この神社で、言葉を話すキツネに会ったの。信じてもらえないだろうけど」
「キツネ?それはあの狛狐のこと?あれは話さないでしょ」
「ううん、ホントのキツネ。んー違うか。ホントのキツネは話さないよね。やっぱりあれは、神様の使いだったのかな」
「面白いこと言うね。神様と話したの?」
「違うよ。神様の使いのキツネ。…でも、どうして私はあのコと話せたんだろ。そんな力も持ってないのに」
「さあ…もしかして、そのキツネが君のこと気に入ったからじゃない?それで君と話したくなったとか」
「キツネが?そんなことあるのかな。あの時、私そのコと約束したの。10年後、一番大切なものを交換しようって」
「ふーん、そしてそれは、セールで買った髪飾りではなかったんだね」

「…え?」

私の一番大切な人。
裏山に登ったあの日から、何かが違う気がする。
気のせいかもしれないけど。
あの人は理想の彼氏で、私の願いは叶えられた。
誰かのおかげ?誰かの力を借りたから?
そんなはずはない。
私は私の力で…告白して、OKをもらって…。
待って。その日の記憶がない。

私は本当に、大切なものを交換してしまったのだろうか。

3/4/2025, 1:54:17 PM