「貴方は私には優し過ぎたの。だから……もう、お終い」
そう言って彼女は、小さなキャリーケース一つでこの部屋から出ていってしまった。
部屋の隅の観葉植物も、壁に貼られたポスターも、棚に並べられた本も全て昨日のままなのに、部屋は広く空っぽに思えた。
閉じられた扉の前で僕はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
彼女を追いかけることも、泣くことも怒ることもなく。
ただぼんやりと扉を眺めていた。
僕と彼女が半ば同棲のような形になったのは去年の冬だ。
寒い公園で一人で泣きじゃくる彼女は、ただひたすらに孤独で儚かった。
今にもこの世界から消えてしまいそうで、僕は彼女を放ってはおけなかった。
彼女は僕が思っていたよりもずうっと逞しく、気高かった。僕にできたのは彼女のそばにいるだけだったのに、彼女はほとんど一人で立ち上がってしまった。
今にして思えば、あの頃から僕は真に彼女の心には寄り添うことが出来なかったのだ。
これ以上彼女に近づいて、彼女が傷ついてしまうことを僕は恐れていた。
泣き止んだ彼女は笑ってくれたけど、その笑顔は酷く寂しそうだった。
だからこの日が来ることも本当はわかっていた。
僕は優しくなんてなかった。
『優しさ』
1/27/2023, 11:58:08 AM