第四十五話 その妃、祝福を与えし
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黒く分厚い雲が空を覆う。
もうすぐ、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨が、地に降り注ぐ。予想通り、被害は最小限に抑えられるだろう。
「……くん? 栄光くん」
それに反して、池に映る空は今にも星が溢れてきそうなほどの満天。計画は、終始つつがなく、そして一切の問題もなく終わるだろう。
一人ポンコツが居たところで、優秀な妃と陰陽師がいるんだ。そもそも失敗なんか、するわけないけど。
「強いて問題があるとすれば、あっさり終わってしまうことくらいかな。意外と楽しかったし」
「よしみつくーん!」
「ん? 何、チョコちゃん」
真っ赤に熟れた苺のような瞳に、光が当たるとキラキラと白く輝く綺麗な髪。
小柄な彼女は、例えるならかわいらしい雪兎のよう。
「いつになったらその、かっこいいお妃様に会えるの?」
「全部終わったら来てくれるよ。向こうもチョコちゃんにすごく会いたがってたから、心配しなくてもそのうちすっ飛んで来るんじゃないかな」
彼女こそが、あの帝から寵愛……いや、迫害を受け続けた張本人であり、“星”を統べる男が生涯愛し続ける女性。
「でも、栄光くんずっとここに居ていいの?」
「いいんだよ。僕も、そしてチョコちゃんにも、これ以上は手が出せないから」
「どうして?」
「彼女たちとは違って、僕たちは渦中の人間だから」
国の滅亡には勿論賛成だ。天辺を奪い中枢を壊しさえすれば、あとは何もしなくとも勝手に滅びの一途を辿るだろう。
けれど、国の中には全く罪のない人間たちが大勢いる。犠牲になった者たちもいる。
星の長として、彼等を放っておくわけにはいかない。
そして……残していく我が子のためにも、今のうちにできることをしておかねばならない。
「やさしいのね」
「そうだね。まあ鬱憤溜まってるだろうから、二人とも今頃大暴れしてるだろうけど」
「そうじゃなくて、栄光くんがよ」
「……僕が? そんなこと言うの、チョコちゃんくらいじゃないかな」
「そんなことないよ。今だって、南の……“日”? の子たちも助けてあげてるじゃない」
「利害の一致だよ」
「それでも、栄光くんはやさしい人だよ」
そうして笑顔を向けてくれる彼女が、心からの言葉を届けてくれる彼女がすごく、いつも眩しかった。
「たとえ何かを成し遂げるためだけの関係でも、人とは一切関わろうとしないあの栄光くんがわざわざ築いたんだよ? それだけで十分栄光くんの宝物だし、きっと本当はやさしい栄光くんのことを知れた相手も、大切にしようとしてくれると思うの」
「……千代子さん」
聞くに耐えきれず思わず抱き締めると、心の中で彼女は嬉しそうに笑った。
それで十分、彼女には全てがお見通しなのだとわかる。
だから、内心で白旗を上げ、白状することにした。
「これから先何があっても、僕はあなたのことを愛してるよ」
(ふふっ。……私もだよ)
この国はいずれ滅ぶ。
星も、月も、そして太陽も。
そのことを唯一知っている人間に、できることは何だろうか。残された人々に、そして愛する人たちのために、残せることは何だろうか。
国の各地には、古くから言い伝えや伝承が残されている。人々のこびり付いた考え方を変えるには、相当の時間を要すだろう。この命が尽きる方が、もしかすると早いかも知れない。
「お出掛けするの?」
「うん。まあちょっと」
らしくない。不確かな未来に不安がるなんて。
不安なら、ただ無くせばいいじゃないか。
その原因を。徹底的に。この目で見届ければいい。
「わかった! 留守は任せて!」
「それは心配だから、そこの馬鹿カラスに任せとくよ」
「カアーッ⁈」
「ちょっと栄光くん。そんなこと言ったらシロちゃんがかわいそうじゃない」
「そう? 僕は千代子さんがいつも通りで嬉しいけど」
そもそも、まだ何も返せていないじゃないか。
この、幸せな時間をくれた、橘の姫に。
そして、あの……ポンコツ野郎にも。
#星が溢れる/和風ファンタジー/気まぐれ更新
3/16/2024, 9:40:37 AM