書く習慣:本日のお題「安らかな瞳」
「安らかな瞳」というお題を見てまっさきに思い浮かんだのは、「眼精疲労」である。
私は常に目を使っている。
仕事はいわゆるデスクワーク、始業から終業までほぼ一日中パソコンと書類の文字を目で追い続けている。
趣味は読書、映画鑑賞、ゲーム、そしてSNS。全部目を使う。
起床直後、昼休み、就寝前まで、本を読んでいるかスマホを触るかしている。ジップロックにスマホを入れて入浴しながらも電子書籍を読み、行儀作法に反するが食事中も読んでいる。水や汚れに強く、どこまで読んだか同期されて便利なので、メインは電子書籍である。
大好きなゲームの新作が発売されると、読書タイムがほとんどゲームに取って代わる。そして読む本が公式ガイドブックや設定資料集、アートワークス、出ていれば考察本になる。
当然、視力も控えめである。
近視プラス乱視だ。裸眼で夜空を見上げると、無数の細い三日月であっても少しずつズレて重なり、毎晩満月に見える。なお、星は見えない。
コンタクトレンズを着けた視界があまりに完璧すぎて、眼鏡はほとんど使わない。たまにメガネをかけると、フレームが視界の端にずっと見えているのとレンズの外側がぼんやりしているのが気になって仕方がない。私のダメなところだが、ズボラで大雑把なくせに妙なところで完璧主義なのだ。
更に悪いことに、まったく目を労わる習慣がついていない。
蒸気でほっとアイマスクを箱買いしているくせに、「暑い」「蒸れる」といって冬しか使わない。目元のマッサージをするのは、いよいよ限界を迎えて目や頭が痛み始めてからだ。コンタクト屋さんに勧められた目によいグミは、おいしすぎて一袋を週末のうちに食べ終わってしまった。
平日は仕事と趣味で目を使うスタンスが違うのでメリハリをつけて目を酷使しているが、休日は集中力が続く限り目で画面や文字を追い続けてしまう。せっかくのオフの日に限って、涙袋メイクも裸足で逃げ出す黒紫のクマが目の下にどっしり居座っている。
そんなどうしようもない眼球ヘビーユーザーの私だが、ひとつだけ続けていることを思い出した。
「20-20-20ルール」である。
これは、「20分目を使ったら20フィート先を20秒見る」という目を休ませる習慣だ。20フィートはおよそ6mらしい。仕事の手を休めるのにちょうどいい口実だから、ひっそりとアラームをかけ、席を立って窓の外に目をやっている。6mといわず、100m以上離れた川だの桜並木だのを眺めることが多い。桜の季節が近づいた今、目を労わるのが楽しみだ。
とりあえず今日はコンタクトレンズを外して、早めに寝ようと思う。
3/14/2026, 12:33:58 PM