氷室凛

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 そう言って最後に穏やかに微笑み、彼の手の中で魔王は息を引き取った。

 周囲を囲み立っていた魔人たちは、順にそれを感じ取った。

 魔王が死んだ。
 あの幼く、生意気だった王が──マナに還った。

 ある者はうつむき、またある者は唇を噛み──彼らはそれぞれに王の消失を噛み締めた。

 分厚い雲の下、数百人におよぶ魔人たちは一言も喋らず、ただただひたすら立ち尽くした。
 時間が止まったかのように彼らが佇む中──最初に動いたのは、翼の折れた翼竜だった。

 魔王の、いちばんの側近。
 魔王の、いちばんの話し相手。
 そして──魔王の、魔人の、いちばんの裏切り者。

 彼はいつもの眠そうな目のまま、腰の細剣を静かに抜き放ち天に掲げた。その先端を中心として、大きな魔法陣が天を覆う。

「雨魔法《レイン》」

 魔法陣から放たれた水が灰色の雲を突く。そして雨となり地上へ戻ってくる。

 雨粒が当たり、髪が濡れ、服がジトリと重くなった頃──ようやく、氷が解けたかのように他の魔人たちも動きはじめた。
 次々に武器を、あるいは手のひらを掲げ、天へ向かって魔法を撃ち出していく。この国特有の、死の悼み方。

 そして魔法を撃ち出した者は帰っていった。
 ある者は泣き腫らして、またある者は少しだけスッキリした顔をして。それぞれに心の整理をつけ、その場に背を向け去っていく。

 そうしてひとりまたひとりといなくなり──ルイテンだけが取り残された。

 魔王のいちばんの側近で、話し相手で、裏切り者の彼だけが──いつまでも、いつまでも、自分で作った雨に打たれていた。





出演:「ライラプス王国記」より ルイテン
20240827.NO.35.「雨に佇む」

8/27/2024, 11:14:40 AM