【ススキ】
茶色い毛玉を見ながら、トワは砂利道をせっせと歩いていく。肩にかけた散歩用のポーチにはビニール袋と水の入ったペットボトルが入っていて、少し重たい。
「ついてくるなら荷物くらい持ってよ」
「やだよ、だりぃ」
何十回めになるのかわからないやりとりを、今日も繰り返す。
隣にはナガヒサが退屈そうに歩いていた。別についてこなくていいと毎回言っているのに、なんだかんだと悪態をつきながらついてくる。こちらとしてはひとりのほうが気楽なのに、相変わらず何を考えているのかわからない。
茶色い毛玉の名前はモモ。今年で3歳になるメスの犬だ。父が言うには雑種らしい。柴犬によく似ていた。焦げ茶色の短毛は触るとゴワゴワとしている。
家に来た時は家族それぞれが好き勝手(「パン」だとか「イヌ」だとか「ムサシ」だとか)呼んでいたが、最終的には母の呼ぶ「モモ」が定着した。世話をするのが主に母だったから当然の結果なのだが、子供心にネーミングライツをもらえなかったのは少し不服だった。
砂利道の両脇はススキが群生していて、鬱蒼としている。子供の目線ではススキはかなり大きく見えた。生い茂るススキの大群の中から、何かが飛び出してくるのではと期待半分、恐怖半分の散歩道だ。
前者はタヌキだとか猫だとか、ちょっとした動物との邂逅。後者はわかりやすく不審者だ。
たまに人とすれ違って、その度に少しだけドキリとする。けれど、不服ではあるものの、隣にナガヒサがいるおかげで平静を保つことができた。
それから数年経って、相変わらずトワはモモの背中を見下ろしながら砂利道を歩く。モモはシニアに片足を突っ込んでいたが、今のところは元気そうだ。首の後ろあたりの皮がたるんでいてかわいい。よく摘んでいる。
「歩きにくい、うざい、触るな」
「うるせえバーカ」
隣にはいつも通りナガヒサがいた。いつから始まったのかなんて覚えていないけれど、ナガヒサの左手はトワの右手を掴んでいて、それはずっと続いていて、正直落ち着かない。
──こういうのってだんだん適度な距離感に落ち着いてくるものじゃないの?
誰にも訊けそうにない疑問はずっと胸の辺りに居座って、トワをモヤモヤとさせてくる。
秋の夕方は暗くなるのが早くて、背が伸びた今でもススキの大群を不気味にさせてくる。今となっては期待よりも恐怖のほうが上回っていた。
だから、認めたくはないけれど、ナガヒサが隣にいて、右手を離してくれる気配がないことが、心強くもあった。
もうずっと、似たような自問自答を繰り返している。答えなんてきっと、嫌か嫌じゃないかの二択しかないのに。
チラリと盗み見たナガヒサはつまらなさそうに口を尖らせていた。
やっぱり、何を考えているのかわからない。
※※※
登場人物
モモ:雑種犬。女の子。焦げ茶色の短毛種。好きなおやつは蒸したさつまいも。
トワ:ナガヒサのお姉ちゃん。自分勝手で何を考えているのかわからない弟に振り回され続ける。好きなおやつはライスバーガー(焼肉)。
ナガヒサ:他の追随を許さないシスコン。トワのことが大好き。感情の出力が下手。好きなおやつはポップコーン(塩)。
11/10/2024, 3:28:20 PM