結城斗永

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 『怒りを買う』っていう言葉があるけど、もし本当に怒りを買ってくれる人がいるのなら、まさに今、この胸の中でくすぶっている怒りは、いったいいくらで売れるんだろう。
 優太はそんなことを考えながら、団地の片隅にある小さな空き地でサッカーボールを蹴り上げた。ボールを追いかけるように見上げた空には、先ほどから水気を多く含んだ黒っぽい雲が立ち込め、小さなゴロゴロという音が、文句を垂らすようにどこからか響いている。
 
 近づいている嵐のせいで、明日の球技大会はどうやら中止になりそうだった。
 勉強ではどうやったって勝てないアイツに、一泡吹かせてやるはずだったのに。好きなあの子に、アイツより自分のほうがカッコいいって示すチャンスだったのに。
 優太は怒りに任せてもう一度ボールを蹴り上げる。湿気に濡れた草で軸足を滑らせて足先が狂う。コントロールを失ったボールは、雲の隙間に届きそうな勢いであらぬ方向へと飛んでいった。

 ――ガシャン。
 団地の二階から聞こえてはいけない音がする。ガラリと窓が開く音がして、遠くでおじさんのドスの利いた怒鳴り声がする。
「ヘタクソが! 余所でやれや!」
 ヘタクソじゃないやい、滑っただけだ――と優太は心の中で子供じみた言い訳をして、咄嗟に逃げるように空き地をあとにする。でも、なんだか遠くから雷様に見られているような気がして、足が止まる。
 優太は、急に自分のズルさが恥ずかしくなって、おじさんの家まで謝りに行く。おじさんは「二度とすんなよ」とだけ言って、サッカーボールを優太に返すと、特にそれ以上咎めることはしなかった。
 
 また遠くでゴロゴロと音がする。
 ――もうすこし鍛錬が必要だな。
 雷様がそんなことを言ってる気がして、優太は込み上げてくる恥ずかしさに思わず苦笑いをした。

#遠雷

8/23/2025, 2:27:36 PM