小説家X

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『終点』

 目を覚ますと窓の外は真っ暗な田舎の風景で、車内アナウンスが私の知らない駅名を終点だと告げている。どうやら、いつの間にか降りるべき駅を寝過ごして終点まで来てしまったらしい。
「次は終点、○○、○○です。右側のドアが開きます。お降りの際は足元にご注意下さい。」
 アナウンスが流れる静かな車内には私の他にもう一人だけ乗客がいた。私と同じくらいの年齢だろうか、白と黒のシンプルな服に身を包んだ青年が眠っている。
 たった二人、私と彼を乗せた電車は次第にスピードを落とし、やがて古びた無人駅に止まった。ホーム側のドアが開いて、冷房が効いていた車内に生温い夜の風が入ってくる。ドアのすぐ横に座っていた彼は急に周囲が夏の空気に包まれてびっくりしたのか、ゆっくりと目を擦り、自分が知らない駅に着いていることに気付いて驚いたという表情を浮かべている。彼のその表情がまるで私の気持ちを代弁しているかのようで、思わず笑ってしまった。
「お兄さんも降りる駅寝過ごしちゃったんですか」と私が笑いながら尋ねると
「…みたいですね」と彼も苦笑しながら答える。取り敢えず二人で電車から降りて次の折り返し電車の時間を確認してみると、なんと今乗ってきた電車が終電だったらしい。最悪だ、と思っていたら、それが顔に出ていたのだろう、今度は彼が私を見て笑い出した。笑っている彼と目が合って私まで可笑しくなってきて、私も笑う。「夏の奇跡」と言うにはちんけすぎる出逢いかもしれないけど、この何もない駅で初対面の彼と笑い合っているのがなんだかとても不思議で、それでいてとても心地良かった。
 真っ暗な夏の夜、私たち二人の笑い声はいつまでもこの片田舎の町に響き渡っていった。

8/10/2023, 1:11:36 PM