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『魔法』

「俺、魔法が使えるんだぜ」
 高二の年明け、季節外れの転校生がナツミに向かってそう言った。この男は転校初日からそうやって何度もナツミを揶揄ってくる。
「はいはい、それはすごいね〜」
 この男はオオカミ少年という言葉を知らないんだろうか?
 いくら世間知らずのナツミだって、そう何度も騙されてたまるかと思った。

 彼は黙っていれば結構イケメンで、こんな田舎の高校には相応しくないような都会的な雰囲気を持っている。転校初日、明るい髪色にピアスで現れた時には、クラス中がざわついた。

 ナツミは彼が魔法を使えることを知っている。ファンタジーの物語のように魔法の杖を使って火や水を発現させたりなんてことはもちろんできない。
 彼ができるのは、クラスの空気を一気に変えることだ。
 転校初日にあんな派手な格好で登場してクラスをざわつかせたのに、自己紹介では「田舎者と関わる気はない」なんて言ってクラスの空気を凍らせた。
 話しかけるなという雰囲気を出しているから、普段は誰も話しかけないし、勇気を出して話しかけた子もいたけど、無視されていた。
 それなのに席が隣になったナツミにだけは、こうしてこっそりと話しかけてくることがある。しかも変なことばかり言ってくるんだ。

 魔法ねぇ……使えたらいいとは思うけど、そんなの不可能だ。ナツミは頬杖をついてボーッと考えていた。

「なあ、顔貸せよ」
「それって不良が呼び出す時のセリフやろ? やめてよ、怖い」
 次は何を企んでいるのか。
「いいから、放課後になったら黙って俺について来い」
 なんで急に強引にそんなことを言ったのか。ナツミは首を捻ったが彼の考えなど分かるわけもなかった。従ったらどうなるんだろう? 彼は危険人物だったりするんだろうか?
 僅かな不安はあったが、好奇心の方が優った。

 放課後になり彼についていくと、行き先は彼の叔父が営んでいるという噂の商店だった。その奥にどんどん入っていくから、私も仕方なく「お邪魔します」と小さく呟いて彼の後を追った。

「そこ、座って」
 そう言って彼はナツミを台所に一人残してどこかに行った。
 台所のダイニングテーブルには、新聞が畳んで置いてあって、インスタントコーヒーや木の器に入ったバナナやみかん、お茶菓子なんかも無造作に置いてある。彼のような都会的な人が住む家も、うちと大差ないと思ったら少しホッとした。

「髪、邪魔だからヘアバンドとクリップで止めるからな」
「あ、うん」
 何をしようとしているのか分からなかったけど、工具箱のような箱を持って現れた彼に、ナツミは素直に従った。

「お前、もったいないよな。なんでメイクしねぇの?」
「へ?」
 そんなことを言われても、やり方が分からないし、学校にはメイクをしてくる人なんてそんなにいない。何よりナツミは朝は一分一秒でも長く寝ていたいタイプであり、メイクをするために早起きする人の気持ちが分からないと思っていた。
 しかしこの言葉と、開かれた道具箱から覗くカラフルなメイク道具やブラシから、彼が何をしようとしているのかは分かった。

 気まずかったのは、彼はずっと無言で私の顔に何かを塗り続けたからだ。無言で顔を弄られるというのはなんとも言えない恥ずかしさがある。彼の距離も近いし、自分からは現状が見えない。
 芸能人がメイクをしてもらう時のように、目の前に大きな鏡があったりはしない。目の前にはよくある一般家庭の台所の景色が広がっているだけだ。

「できたぞ。ほら見てみろ」
 鏡を手渡されて恐る恐る見てみると、そこには知らない女の子がいた。雑誌の中から飛び出したみたいに可愛い子だ。
「え? 誰?」
「ふっ、やっぱりお前の反応、最高だわ。可愛くなったお前にご褒美な」
 呆気に取られるナツミの顎を掬い上げると、彼は徐ろにキスをした。

「なっ、なっ……」
 言葉にならない声。上昇する体温。これは夢なのではないかと思った。

「どう? 俺、魔法使えるだろ?」
 確かにこんなに別人に変われるようなメイクができるのは魔法かもしれないと思った。

「うん、そうだね。このメイク、魔法みたい」
「お前、やっぱり可愛いな。卒業したら俺は東京に戻る。お前も来いよ」
 そんなのすぐには答えを出せない。東京の大学に進学するとしても、未成年のナツミが一人で決められることではなかった。
 でも、この人の魔法にもっとかかってみたいと思った。


(完)

2/24/2025, 1:12:43 AM