日夜子

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「……聞いてるのか?高橋さん」
「……うぜー」
 生徒指導室、私と机を挟んで対面している彼女は煩そうに言った。対面とはいっても彼女の臍は私にではなく、横にある窓のほうへ向いている。
「そういう態度や、服装からだって大人は君のことを判断するんだよ」
 高橋さんは生徒指導室の常連だった。遅刻早退欠席の常習犯。スカートはやたらと短いし、学校指定のリボンタイは着けずにシャツの第二ボタンまで開けている。校則違反の服装は何度注意しても直さないので、最早注意しない先生もいる。
「うっぜ〜」
 今度は馬鹿にしたような笑いを含んで言う。
「……今日の万引き、高橋さんはやってない。それは防犯カメラからも証明された。でも君が一緒にいた仲間がやっていたことは確かだったね。高橋さんが万引きは悪いことと分かっていて、周りに流されずに止めようとしたことは立派だったと思う」
「うぜえっ」
 吐き捨てるように言って私を睨んだ。
 それでも私は言葉を続ける。
「本当にその仲間といて楽しいの?君を置いて逃げてしまったあの子たちは本当に友達?」
「うぜえ!」
 怒鳴ったものの、彼女の視線は下へ向く。
「高橋さんは、逃げる時にぶつかったおばあさんを気にして、一人だけ捕まってしまったんだよね」
「う、ぜ……」
 高橋さんの声は小さくなる。
「あのおばあさん、少し腰を痛めてしまったみたいだよ」
「…………」
 固く結ばれた高橋さんの唇が震えている。
「でも助け起こしてくれた君のことを気にかけていたって」
「…………」
 俯きかげんの彼女の頬に、一筋、光が流れたように見えた。それは彼女の拳ですぐに拭われてしまって確かめることはできなかった。
「明日、そのおばあさんの様子を見に行くんだけど、一緒に行かないか?」
「う……」
 私は彼女の横顔をじっと見つめた。
「……ん」
 小さな声で言い、小さく頷いた。
 私の中に温かい気持ちが膨らんでくる。だめだと思うのに自然と顔が綻んでしまった。そんな顔を見て、やっぱり彼女は言う。
「うっぜぇ」
 顔を赤らめて照れたようにちょっとだけ笑った。




 #4 2023/11/5 『一筋の光』
 

11/5/2023, 1:48:29 PM