「メグちゃん、スマホを貸してくれないか?」
師匠は不意にそんなことを言った。スマホというと、個人情報の塊。今やそのかまぼこ板くらいの物体に、その人そのものの情報が全て詰まっているといっても過言ではない。一般的な女子高生なら、たとえ仲が良くても人に触らせたくはない代物だろう。
「師匠、何に使うんですか?」
私はそう言いながら親の連絡先しか入っていないスマホをいとも容易く師匠に渡した。
「エゴサだよ。エゴサ。エゴサーチって言うんだっけ? 僕の過去の殺人事件が今どうなっているのか知りたいのさ。人を殺した僕の扱いがね」
師匠はスマホ……というかインターネットに繋がるものを何一つ持ってない。理由は『依存してしまうから』らしい。青空文庫を永遠に読み続けてしまうみたいだ。
「とりあえず一番上の記事でいいかな…………」
記事を黙読しているのだろう。気になるところは記事の概要よりも、その記事のコメント。昔は殺人を犯した師匠のことを全員が全員悪だと決めつけていたが、時間が経つに連れ、師匠擁護派や師匠を神格化した宗教、模倣犯まで現れ、顔写真も出てないのに神の代理人なんて呼ばれたりしていた。
「宗教は規模を小さくなったが継続的に活動を続け……また模倣犯を作り出そうとしてる……」
師匠は、ありがとう、と言いながら、ため息をついてスマホを返してくれた。
世間に与えた影響は小さくはない。人の噂もなんとやら。師匠の殺人事件も今や過去の負の遺産。
それでも師匠は私の目の前で息をして、生き続けている。私のために。師匠の本音は分からない。でも、なんとなく分かる。
俗世にまみれず、自由な人生を過ごしたい。
だから、一人でいたい。
7/31/2024, 11:58:14 AM