茶園

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空想遊話 『月食の光』

 皆既月食が夜空の真上で起こっていた。
 淡い白金色の月の弓が細くなり、月が夜空に隠れた。そして夜空の影から少しずつ月が顔を出す。その月光は意外にも強く、周りの雲を照らし、月全体の影が茶色く映し出されていた。
 正に空は月を食べていた。空に訊いてみたい、月とはどんな味なのか。もし月見団子のような味ならば、私も食べてみたい。
 そんな他愛もない想像を膨らませては、月見団子が食べたいなんて気持ちが強まった。丁度、大福があった。月見団子代わりに食べようではないか。

 家に戻った途端、違和感を覚えた。
 違和感どころか、明らかにおかしい。玄関に小さな足跡があった。部屋の中は、テーブルの上が少し荒らされていた。
 誰かが入ってきたのか?
 念のためバットを持ち、部屋の中を探した。すると、カーテンがゆらりと揺れたのが見えた。
 意を決して勢いよくめくるが、何もない。まさかあの時のあいつかと思い、下を見るが、何もない。
 取り敢えず安堵。…してる場合ではないが。
 他もくまなく探したが、侵入者らしきものはいなかった。
 何だったのだろう。気持ちが悪いが、何も盗まれてはいないようだし、散らかったテーブルを掃除し、大福を持ってもう一度外に出た。

 月は半分顔を出し、さらに夜空を明るく照らした。
 その空の下で、家のテーブルの下で、一人の小人が姿を現した。
 楠雄である。楠雄は部屋の中をゆっくりと眺め、何かを確信するように小さく頷いた。
 “久しぶり。月の光のお陰で君に会うことができた。元気そうで良かった。でも、僕が君に会ったら君は拒絶するだろうね”
 楠雄は悲しげに、夜空へと去っていった。

※あの時のあいつについては、
 短い小説 『カーテン』を参照。

11/9/2022, 2:35:48 AM