香草

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「雨の香り、涙の跡」

足元に何か見えてひゃっと飛び跳ねた。
よく見るとカタツムリ。頼りない軌跡がぬらぬらと光っている。踏まなくてよかった。見るのも嫌だけど踏み潰した時の気持ち悪さを想像するだけで鳥肌が立つ。
雨蛙がゲロゲロ鳴き出した。田舎の田圃道を通学路にしているとこうやって動物たちが天気を教えてくれることがある。
早く帰ろう。家まであと20分。傘はない。
朝、家を出てから母親が走って追いかけて持たせてくれた傘。
学校に忘れたわけではない。
ビリビリに引き裂かれ、骨を折られてしまったのた。
教室を出て傘がないことに気付き、ゴミ捨て場で見つけた。
数年前母親に買ってもらったピンクの傘。

何が気に入らなかったのか分からない。
小学校からほぼ持ち上がりで仲のいい人ばかりだったのに、ある日突然それは始まった。
もともと控えめな性格で友達の多い方ではなかったが、誰とも笑い合えない、目が合わない、避けられる毎日はかなり辛い。
仲良くしていた子たちから無視されるのは尚更つらい。
主犯格は分からない。ただそういう空気になったのだ。運が悪かった。
そう運が悪かっただけなのだ。
私が無視する側になっていた可能性もある。
そう思っていた。

「なんであんなにキモいの?」
「あれで自信持てるのが逆にすごいよね」
「マジでキモすぎ」
クラスでも目立つ子たちがトイレで話しているのを聞いた。
以前はそこまで仲良くもなかったが話しかけられたら話す人たちだった。
私のことを言っているのはすぐに分かった。
私何かしたのかな?
普通に生きてるだけなんだけどな。
何がキモいの?何が気に入らないの?なんで急に避けるの?どうして良心が傷まないの?いじめって分かってる?どうして私が…
聞きたいけれど怖くて聞けない疑問が油のように沈んでいく。
その日から教科書が隠されたり、落書きされたり、破られたり、悪意が形をもってぶつけられるようになった。

頬に冷たいものが落ちる。
やばい、降ってきた。
ポツポツと髪や制服を濡らし始める。家までもうすぐ。
だけど走る気になれなかった。
むしろかたつむりのように歩みが遅くなる。雨は強くなってまつげまで濡らした。
使えない傘をおおきく振りかぶって地面に叩きつけた。泥がついて拾うのに躊躇する。
雨足はどんどん強くなる。制服がずっしりと重くなってきた。
傘を拾い、再び歩き始める。靴の中からぐちょぐちょと音がする。
冷たい雨なのにどうしてか、ずっと目が熱かった。

6/20/2025, 12:40:13 PM