芸術家の男が一人、キャンバスに向かってひたすら筆を向けていた。
そこへ突然、友人の男が飛び込んできた。
「夏だ――――っ! 海行こ!」
「待て待て待て。お前、家に鍵かけてたのにどうやって入ってきた」
「俺達の間柄に鍵なんて無意味」
「意味わからん! そんで、海行く準備万端だな!?」
男は大きな浮き輪を抱え、格好といえば、アロハシャツにハーフパンツ、ビーチサンダル、そして麦わら帽子を被っていた。
「海の王に俺はなる!」
「麦わら帽子で著作権やばくなりそうな発言やめろ! まだ行くって承諾してないし、承諾したところで予定合わせて後日行こうとかじゃないのか? 今すぐなのか!?」
「お前の冷めた心とは違って、俺のこの真夏の熱いパッションは止められない」
「そうだよ。冷えっ冷えだよ。それに、今作品展に向けて絵を描いてるから無理」
「部屋にばっか篭もってたらカビるぞ!」
「そんなことにならないようにちゃんと除湿してるから大丈夫だ」
「そうじゃなくてー! お前自身の心がカビちゃうだろー? 外行こう外!」
浮かれた男が乗り気でない男の腕を引っ張る。
「なんでお前はそんなアグレッシブなのにニートなんだ」
「俺の熱いパッションをこの社会に収めておくことはできないから」
「ちょっとかっこいいこと言ってないで働け」
思わず溜息を吐く。
どうせこいつは諦めないんだろうな。知ってる。なんだかんだで長い付き合いになる。腐れ縁というやつだ。こうしていつも無茶ぶりに付き合ってきた。
それでも、別にこいつのことが嫌いじゃない。むしろ好k」
「勝手なモノローグ付けるなー!」
「心の声を読んだだけだよ」
「あーもう。……しょうがない。今描いてるのがもう少ししたら出来上がるから、そしたら行ってやる。ちょっと待ってろ!」
「やった――――――――!!」
描き上がったその絵は、夏の青空が広がる爽やかな海の風景だった。
『夏』
6/28/2024, 9:01:48 PM