森川俊也

Open App

#6

「お嬢様何時まで寝ているんですか?もう着きましたよ。」
ガーナの声でハッと目を覚ます。大した距離もないのに眠っていたらしい。あまりの恥ずかしさにわっと顔を抑える。
「何してるんですか、お嬢様?早く行きますよ?」
本当に心配げな目を向けてくるガーナ。手を差し出しながら御者が呆れ気味に溜息をついている。
何だか居た堪れなくなりながら、馬車のステップを降りる。
降りた瞬間目に入ったのは、貴族、というよりは平民が好んで入りそうなカフェだった。
混雑はしていないから普通に入れたけれど、いつものようなドレスを着ていたら場違いだと追い出されていたかもしれない。
(市の時で良かった。)
そう思いながら扉を潜る。
客席は店内だけらしく、外へ出る扉は入ってきたところの他にはない。
埋まってる客席は3割くらい。中央地区では考えられない空席具合だけれど、南地区ではどうなのかわからない。
「らっしゃい!俺はマシュー。この店の店主だ。おたくらは初めての客みたいだな?」
キッチンからでてきた気さくな感じのおじさんがいきなり大声でそんな事を言うものだから、驚きのあまり口をパクパクと開いては閉じることしか出来ない。
「お嬢様。」
小声でガーナに囁かれて、慌てて意識を手前に戻す。マシューさんが、困ったようにこちらを眺めているのが目に入った。
「あ、すみません。はい。初めてここに来るもので、勝手が分からなくて…。」
「そうかそうか。そりゃあすまんことをした。可憐なお嬢さん方とお付きの人、丁度3人席が空いてるから其処座りな。」
マシューさんが指さした先には、三人掛けのソファがあった。
言われた通り其処に向かって、座ろうとしたところで気がつく。
「あれ?どう座るべきかしら、これ。」
「何でもいいんじゃありませんか?」
御者は面倒くさげにさっさと右端に座ってしまう。
「お嬢様が主ですから、お嬢様が真ん中では?」
「え?っちょ、ガーナ…」
戸惑う私をよそに、ガーナがグイグイ私をソファに押しこむ。
大人しく座ってしまうと、マシューさんが注文を取りに来た。
「この辺の特産物だけを使ってんだが…わからんだろうからな、好きなの選べ。」
「マシュー!ジュディーのお勧めとかどうだ?」
奥の席からそんな声が飛んでくる。ジュディー、とは誰だろうか?この店に詳しい人なのかもしれない。
「ジュディーか。確かにあいつのお勧めは信頼できるな。」
マシューさんは軽く頷いて、「サービスだからちょっと待っててな」と言い残してキッチンに戻ってしまった。
サービスと言ってくださったので、その間にメニュー表を見る。
紅茶にコーヒー、カクテルもあるみたいで、ドリンクだけでも種類が豊富だ。
後はデザートみたいなゼリーにパンケーキやクレープ。幅広いジャンルを取り扱っているみたいだった。
「ほい。ジュディーお勧め、シーグラスだ。」
マシューさんが透き通った青のグラーデションみたいなパフェを渡してくれる。
見ているだけでまるで、波音に耳を澄ませている時のような爽やかな気持ちになれる。
「わぁ。美味しそうですね!」
心からの賞賛を込めて言えば、マシューさんは照れくさげに鼻を掻いた。
「…!」
勝手に先に一口食べていた御者が、驚いた声を漏らす。
「ちょっと、なんで先に食べるの!」
苛立ちのままシーグラスにスプーンを差し入れて口に運ぶ。
「美味しっ…」
ジュディーさんとやらは凄い人だ。確かにお勧めに納得してしまう。正直これで満足してしまった。
「マシューさん。とても美味しかったです。また、今度来ますから、その時に他のメニューも味合わせてください。」
食べ終わったパフェの入れ物を手渡しながらマシューさんにそう言う。
「そうか。それじゃ、ジュディーに伝えとくよ。可愛らしいお嬢さんのためにお勧め品をくれとね。」
冗談ぽく答えてくれるマシューさん。断るお金を無理矢理押し付ける形で支払いを済ませ、店を出る。
「そうだ、お嬢さんの名前は?俺は来る人には皆名前を聞いてるんだ。」
「私?私は、シェリルです。こっちがメイドのガーナで、そっちは御者のハイル。」
「そうか。シェリルちゃんに、ガーナちゃん。ハイル君か。また来てくれよ!」
姿が見えなくなるまでマシューさんは手を振り続けてくれた。

7/5/2025, 1:17:55 PM