微睡 空子

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「わあああああ!!!」


その瞬間、俺の叫びは風呂場で何重にもなって響き渡った。


「何って見ての通り、柚子風呂に決まってんだろ。ほれ、もう一丁!!!」 


元気よくそう掛け声を上げて東城翔(とうじょう かける)は俺が入っている浴槽へと思い切り柚子を投げ入れてゆく。
投げる勢いが強すぎるせいで、柚子は湯の表面に振れた瞬間、爆発かと思う程の轟音と水しぶきを上げて湯の中へと入っていった。 


「おい、そんなに強く入れなくても良いだろう…!そもそも何個入れるつもりだ」
 

既にもう二十個ほどは入っている。いくら柚子風呂だと言っても、これは入れすぎと言って良いだろう。

翔は風呂場の入り口付近に仁王立ちしている。
両手には柚子を更に二個づつ持ち、自信に満ち溢れた表情でこちらを見ていた。


「何言ってんだ。柚子風呂なんてのはな、柚子を入れれば入れただけ効果効能があるってもんだ」

「そのような事は無いと思うが…。そもそも冬至はもうとっくに過ぎただろう」


俺は追加で投げ入れられる柚子を避けながら言った。


「分かってねえなあ。イベントなんてのは、"今日だ!"って思ったその日にやりゃあ良いんだよ。クリスマスが夏だって思うなら夏にやりゃあ良い。今は令和の時代だぜ、もっと自由に、フリーダムに行こうぜ!!」

「いや、確かに一理あるが…。とは言えさすがに極論過ぎだろう」

「良いじゃねーか。ほら、それに柚子の良い香りでリラックス出来るだろ」


確かに―――俺は気がつけば頭頂部に乗っていた柚子を手に取り、鼻に近付け少し嗅いだ。
爽やかな酸味のある柚子の香りが心地良い。

「―――この前、俺風邪ひいただろ。で、久々に風邪引いたら結構辛かったんだよ。だから…お前にはそんな思いしてほしくなくてな」
 

だから柚子を箱買いしてきたんだよ―――翔は少し照れくさそうにそう言って笑った。


(…つまり、俺の身体を労って柚子風呂を―――)


先程までこの男の挙動を全く理解出来なかったのだが、そう聞いてしまうと照れくさいやら、恥ずかしいやら、嬉しいやら、様々な感情が俺の中で沸々と湧いてきた。
俺はどう反応していいのか分からず、思わず翔へ背を向けた。

翔は照れ隠しなのか、そんな俺に向かい無言で次々と柚子を投げつけていく。

ぽこぽこと頭に柚子を受けながら俺は目を閉じた。


(確かに嬉しい。思えば突然箱で柚子を買ってきて、いつもは面倒臭がって嫌々やってるくせに今日は当番でも無いのに風呂掃除に湯船の準備まで突然し始めたと思ったが―――俺の身体を気遣っての事だったのか)


柚子の香りが途端に照れ臭く感じて、俺は思わず鼻まで湯に浸かった。


(先程からぽこぽこと頭に柚子を投げてくるのも愛情の内というわけだ)


このような幼稚な愛情表現もその心情を知れば愛おしさすら感じる――――


「―――訳無いだろ。くらえ」


俺は湯から顔を出すと、浮いていた柚子を掴み、振り向きざまに思い切り翔に向かい投げ付けた。


弾けた柚子の香りが鼻腔をくすぐる。その感覚がくすぐったいのか、湯にのぼせたのか、俺は頬が熱くなっているのを感じた。

12/22/2024, 12:03:13 PM