不整脈

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波音に耳を澄ませると、
誰かの声よりも先に、私の鼓膜がざらつく。
潮騒はきっと記憶を溶かすためにある。
塩を含んだ風が吹くたびに、
私の背中から時間が剥がれていく。

ほら、あの白い泡は、
溺れた日の夢の中で見たままの形をしている。
呼吸の代わりに砂を吸い込み、
声をあげる代わりに
沈黙をひとくちずつ呑み込んだあの日。

波はわたしの足元で笑った。
何も変わっていないね、と。

海は全部知っている。
言わなくても、言っても、
どちらでもいいと決めつけるような強さで、
私の名前すら、もう呼ばない。

それでも。
それでも私は今日も、
砂にひざをついて耳を澄ます。

私の中にまだ残っている、
あのとき誰にも伝えられなかった
ちいさな波音が、
今日もどこかで誰かの胸を打っている気がして。

7/5/2025, 11:44:19 AM