猫宮さと

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《今一番欲しいもの》
それは、ここ連日睡眠時間を削って調整した議題が一段落し、久し振りの休日を過ごしていた時だった。

「これはまた、ぐっすりと…。」

屋内に彼女の姿が見えないと庭に出てみれば、木の根元に座りながら眠りこんでいた。
その木は大きめで豊かに葉を茂らせていて、木陰も広く風通しも良いので、この季節でも涼しく過ごせる一角になっている。
このところは本部からの帰宅時間も遅かったので、彼女も疲労が溜まっていたのだろう。

膝には、『次に来るのはこれ!秋までに欲しいファッション特集』と書かれたページが開かれた雑誌が置いてある。
これを読んでいたら気持ちよくなって眠ってしまった、といったところだろう。

無理に起こすのも忍びないので、起こさないようにそっと隣に座り、ちらりと雑誌のページを見る。
そこにはトーンは押さえ気味ではあるが色彩も豊かな洋服や、紅葉を思わせるゴールド主体のアクセサリーなど様々な物が掲載されていた。
そうか、世の女性はこういう物を好むのか…。

それにしても、確かにこの木陰は気持ちいい。
するりと吹き抜ける風が、太陽による汗をさらりと引かせてくれる。

ふわり靡いた彼女の長い髪が、僕の腕を撫でる。
それがこそばゆくも心地好く。
目を瞑りながら風と共に流れるその髪を楽しんでいた。

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…あー、寝ちゃってた。

毎日かなりの残業に自宅持ち込みで大変そうだった彼の仕事も佳境を越えたのか、今日は久々のお休み。
たまには帝都の流行りを見るのもいいかな、と図書館から借りてきた雑誌を庭の木陰で読んでいたら、つい眠り込んでしまった。ここ涼しくて気持ちいいから。

うーん、にしても何か肩が重い…

と、顔を横に向けて私は固まった。肩の重みの正体が見えたから。

かっ、かか彼が私の肩に頭を預けて寝てる!!
うわ、どうしよう顔が近い!っていうか寝顔見られてた、涎垂らしてなかったよね私!?

彼の身体を揺らさないように身体は静、頭の中は嬉しいパニックで動も動、あまりに激しく回転している。

それでもそっと瞑られた目と小さな寝息で分かる。
相当疲れてたんだな。毎日毎晩、あんなにお仕事頑張ってたから。

そんな事を考えてたら、彼の頭が肩からズルっと落ちかけた。
起きるんじゃと驚いたけど、それでも起きる様子はない。

熟睡してるみたい。身体起こしたままじゃ辛いよね。

そうと決めれば、私は雑誌を横に避けてからそうっと慎重に彼の頭を下に降ろしていき、自分の太ももに乗せた。
いわゆる、膝枕というやつです。

…わ、何これ。物凄い心臓ばくばくする。

起こさないようにするのもドキドキしたけど、そんなの全然比べ物にならない。

小さく開いた口元から微かに聞こえる寝息。
伏せられた瞼を縁取る、女の私よりも、ってくらい長くてふさふさの睫毛。
艶のある綺麗な髪。
それでも男性の逞しさを垣間見せる、顎から耳にかけてのライン。
スリムだけど、きっちり筋肉の付いた肩。

自分でこの体勢にしといて何だけど、刺激が強過ぎやしませんか?

…本当に、ただ寝てるだけでも素敵ってどういうことなんでしょ。

荒ぶる心臓を落ち着かせる為に深呼吸しながら、ほんの少しだけ頭を撫でてみる。
あ、凄い、髪の毛サラサラ。
指の間から、するすると零れ落ちてく。

風がさわさわと木の葉をすり抜けて、火照った頬を冷ましてくれる。
木の葉の緑の間から、澄み切った高い夏空の青。

思えば、こんな贅沢はないな。
あなたに触れられるなんて、死んでも叶わないと思ってた。

もう本当に、何にもいらない。彼と二人のこんな穏やかな時間が、私がずっと欲しかったものだから。

7/22/2024, 3:03:31 AM