「月影の宿と明ける夜」
ある晩、主人公の篠原光(しのはらひかる)は、小さな町を旅している途中、人気のない道に佇む古びた宿にたどり着いた。看板には「月影の宿」と書かれているが、その名に反して、どこか寂しさが漂う。仕方なくその宿で一夜を過ごすことに決めた彼は、受付で無愛想な老人に鍵を渡され、部屋に向かった。
その部屋は狭く、薄暗い。窓の外にはぼんやりとした月明かりが見えるが、光を感じるというより、むしろ闇が深まるような感覚だった。硬いベッドに腰を下ろし、旅の疲れを感じながらも、光はなかなか眠れない。古い床が軋み、風が窓を叩く音がやけに耳に響く。
「この夜が明けるのだろうか…」と、心の奥に小さな不安が芽生える。旅路の先も定かではなく、どこへ向かえばいいのか、光にはまだ見えていない。ただ一人、見知らぬ町で過ごすこの夜が、まるで彼の人生そのものを象徴しているかのように感じられた。
ふと、部屋の隅にある小さな机に目が留まる。そこには、年代物の本が一冊だけ置かれていた。不思議な引力に引き寄せられるように、光はその本を手に取り、ページをめくる。すると、そこにはこう書かれていた。
「人生は、居心地の悪い宿で過ごす夜のようなもの。だが、夜はいつか必ず明ける。」
その言葉を目にした瞬間、光は胸に何か温かいものが広がるのを感じた。夜の暗さも不安も、決して永遠ではない。どれほど不安定で不確実な夜でも、朝は必ずやってくるのだ、と。
その夜、彼は静かに目を閉じ、次の日の旅に向けてゆっくりと眠りについた。外ではまだ風が窓を叩いていたが、光の心には一筋の光が灯っていた。
そして、翌朝。窓の外に広がる朝焼けは、まるで新しい始まりを告げるかのように、光の目の前に広がっていた。彼はその朝日を見つめながら、また一歩、次の目的地へと向かう決意を新たにしたのだった。
10/1/2024, 7:05:44 AM