綾木

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2024 5/1(水) 短編小説



ここから先楽園です→

無音空間。冷たい鉄の壁。
暗闇の中を30分ほど歩いていると、ふとそう書かれた木製看板に出会った。
看板の横に、きっと「楽園」とやらの入口であろう、駅の改札のような緩いゲートがあった。
見る限りタップする箇所はなく、切符なども必要なさそうで、僕は手ぶらでそのゲートを通り抜けた。
すると、そこには老若男女問わず盛んな人集りが出来ていた。皆揃ってソファに座ったりしてくつろいでいる。

「いらっしゃいませ!紙をお預かり致します」
僕が大勢の人集りを呆然と眺めていると、明るい茶髪をした受付人と思わしき女性が笑顔で話しかけてきた。僕は思わずおどろく。
「っ!あ、すすみません、……紙?ですか?」
「はい。貴方様が右手に握っているものです」
そう言われて、右手を見ると確かに僕は紙を握っていた。でもどうしてだろう、こんなもの、貰った記憶が無い。
僕はおそるおそる紙を女性に渡した。
「ありがとうございます。それでは確認致します。理久さん、15歳、男性、死因は……。はい、条件合格になります。では貴方にぴったりの楽園へお連れ致しましょう」
確認作業が終わったようで、女性は丁寧に紙を僕に返してくれた。
_____って、それより、今、この女性、なんて言った?



女性に手招きをされたので僕は後をついていった。突然、女性は僕の左耳に口を近づけてこう言った。
─ようこそ楽園へ─
耳に響く。
直後、暗転。




美味しい匂いで、目が覚めた。のと同時に、何故か人間に顔を覗かれていた。僕は焦り、慌てて目を逸らす。
それが、彼との出逢いだった。
「あはは!なんで逸らすのさ。でも元気そうで良かった。今日からよろしくね」
僕と年齢はさほど変わらないだろうか。黒髪で、いかにも好青年という風貌の子にそう言われて、僕は取り敢えず、はあ、よろしくお願いします。と返事をした。
「あの、徹さん、聞きたいことが山ほどあって」
好青年の名前は徹といった。
「まず、どこですか?ここ」
「ええ!?君、ここがどこか分からないまま来たの!?」
と、あからさまに驚愕される。
そんなにおどろくことなのか?……というか僕的には僕の不可解な状況を今すぐ整理したいんだけど。
驚いた顔のまま固まる徹さん。
「……聞いてますか?徹さん?」
その言葉を聞いてか聞かずか、徹さんはふうとひとつ、息を吐くとこう言った。
「うーん、これは君を立派な赤子に育てるための儀式みたいなものかな」
……?
意味はさっぱり分からなかった。しかしともかく僕はおかしな立場に置かれたことだけ分かった。僕の身体全体に冷や汗が酷い。そして、周りの様子を確認するために首をきょろきょろさせている状況でやっと気付いたけど、どうやら僕は今彼と食卓を囲んでいるらしい。
まだ会ったばかりの彼と、同じテーブルに座って食事を取る図というのがそもそも不可思議なのではあるけれど。
今までスーパーの弁当くらいしか口にしてこなかった僕にとっては新鮮だった。母の味なんて知るものか。テーブルの上には実に美味そうな料理がずらりと並べてあるし、空腹もそろそろ限界に近かった。
僕がチキンを眺めていると、
徹さんはまた、ふうとひとつ息を吐いた。
……さっきから何なんだ、この人。
そして、徹さんが口を開いたと思うと、
異様な環境の意味を説明してくれた。
徹さんは真面目な声色でこう告げた。
「神様は、君や僕や、ここにいる皆みたいに、自ら死を選んでしまった子供を、ここ、つまりは「楽園」に連れていくんだ。そして、その子供を立派に育てる。それが神様から与えられた僕らの使命なんだよ」
徹さんの話によると、どうやらここは天国でも地獄でもないらしい。
この楽園は、自ら死を選んだ子供しか来ることが出来ない場所なんだそうだ。だから、僕は死んだんだと。その時気づいた。やっとこれまでの経緯を飲み込めたような気がした。
僕は何故か不思議と納得していた。というのも、あの夜、確かに。
どんどん、あの夜の記憶が蘇ってくる。
僕は7階のビルから。深夜3時に。あの受付の女性の言葉を思い出す。死因は__________。
「あはは、そんな暗い顔しないで。立派に育ったら僕らはまた生まれ直せるんだよ」
何も考えられないでいるぼくの脳に、彼の笑い声が針のように刺さった。僕は一言、 そうだねと呟いた。
長ったらしく話してごめんねと付け足して徹さんは料理を摘む箸を動かした。一通り説明を終えたのだろう。
僕もとりあえず目の前の美味しそうな料理に手をつけることにした。心が落ち着くかもしれない。まあ別に、死を悔やんではいないのだけれど。あくまで、まさか、天国でも地獄でもない場所にくるなんて、っていう驚きを落ち着かせるために。


暫く僕は美味しいご馳走を食べて、彼と談笑をする。彼は、学校でいじめを受けていたのだとか、食事中に相応しくない話をした。僕も彼に話す。
家庭環境が悪かったこと、スーパーの弁当しか食べたことがなくて、今感動していること。僕は昔から、辛さや苦しみのない楽園に憧れていた。
「じゃあ、ここの場所は君ピッタリだ」
徹さんは言った。
「……」


なぜだが、はいと言葉が出なかった。

楽園って、こういうものだっけか。
確かに、頬っぺをつねっても痛みはしないし、
美味しいご飯が目の前にあって、すぐそこには温泉が見えている。子供たちも多くて、話せる相手が沢山いる。
でも、僕が思っていた、楽園っていうのは、こんな感じだったっけか。
すっかり夢中になっていた僕はふと、徹さんに問い掛けられた。
「君は、親御さんのことを恨んでいるの?」
─ その瞬間、何故か鮮明に見えた気がしたんだ。……気味の悪い、両親のイメージが。

「別に、興味も何もない」
「そっか、君は、死でも、天国でも、楽園でも、なんでもなくて、両親からの愛が欲しかったんだね」

#17 楽園

4/30/2024, 3:00:46 PM