のねむ

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夜の海で貝殻を拾った。くるくると巻かれた貝殻を。
耳を近づけて見ると、さわさわと春のような優しい風の音がした。何故だか嬉しくなってそのまま貝殻を耳に当てたまま、ぐるぐると体を回して踊ってみた。肌寒い夜の海なのに、春の穏やかな空気を感じれた気がした。

そのまま回っているとまたひとつ、貝殻を拾った。またくるくると巻かれた貝殻だった。
今度は音はしなかった。その代わりに、貝殻の入口からキラキラと何かが光った気がした私は、春を耳から受け入れながらもうひとつ拾った貝殻の入口を目に当ててみた。
そうしたら、今度は広い空に煌めきを放つ星が沢山広がっていたから、思わず可笑しくなってころころと砂浜に転がってしまった。
随分と、ヘンテコな貝殻だこと。なんてそんなことを思いながらももう耳も目も貝殻を離してはやれないので、転がったままずっと肌寒い夜の海の中、春を感じ星を眺めていた。


「貝殻は沢山のことを覚えていてくれるんだね。」




私はこの広い海の一部。
それ以外の何物でもない。ただの広い海の一部である。この残酷な美しい世界は、海を何処へも出してはくれない。それは何処か私にも似ていた。だから、海を私と重ね合わせた。

しかし、私は海の一部であって全てではない。というと一部と全てでは何が違うのかと聞かれそうな気がするが。
それに対する私の答えは何時だって決まって「一部と全てでは天と地ほどの差があるから。」だ。

一部、というのは全ての中の半分よりも少ない部分。
全て、というのはみな全部ひっくるめて、という事なのだ。苺のショートケーキで言うならば、私は苺のあのツブツブの中の一つであり、全てというのは苺のショートケーキ全部という、そんな感じなのだ。
分からないのであれば、それは苺のショートケーキへの愛が足りないということだ。…冗談だよ。
まぁ、けれど、大体はそういう事なのだ、
一部と全てでは天と地ほどの差がある。私は海の一部に過ぎない。海の全てを知らず、ただほんの一部、それもショートケーキの苺のツブツブよりもうんと小さいような、ただほんの一部だけを知った気になっている私は、どれだけ生きても海の一部にしかなれない。


海は何処へも逃げ出せはしない。最後にはまたここに戻ってくるしかない。その愚かさが私に似ていた。
海は広いのに、何処か息苦しさを感じた。その矛盾が私に似ていた。
海は穏やかな日もあれば、荒れ狂う日もあった。その滑稽な情緒不安定さが私に似ていた。
だから、私と重ねた。海をよく知らぬ私と、人間の事をよく知らぬ海。お似合いだと、そう簡単に口にする私はやはり愚鈍だったようで、コンビニにふらっとよる感覚で海に来てしまった。
海の全てを知りたくて、呑み込まれようと思ったのだろうか。私のこの思考回路だけは面白いと評価してもいいのかもしれないが、弱い決意にはBAD評価を付けたいね。


肌寒い海を、黒く渦巻く海を見て、少し恐れを抱いた。
この海の一部と馬鹿げた事を言っていたのだろうか、と己を嘲笑ってしまうくらいには海に恐れを抱いていた。
私が思うよりも遥かに海は沢山のものを抱えていた。そこに勿論人間も。海の中の生物も街も森も何もかも含まれていた。力強く、それでいて優しく私達が生きる為の力を授けていた。
あまりにも大きな事実に恐縮してしまって、目線を下げた。
だから、思わず砂浜に落ちていた貝殻を見つけてしまったし、それを拾ってしまったのだった。



耳も目も、未だ貝殻を離してはやれない。
離してしまえば愚かな自分を海が見つめている事を認めてしまうから。それでも良いのだけれど、少し恥ずかしいのだ。私は海の一部なんかでは無かったし、海も私を一部と思っていなかった。ただ、抱える場所に偶然生まれ落ちたから、抱えているだけに過ぎない。

恥ずかしいのだ。私は自分を大それた存在だと思っていたのだろうか。自意識過剰でいて、愚鈍愚劣最悪最低な人間。海は私とは違う。哀れだな、と笑ってからやっと耳も目も貝殻を離してやった。

もう春も星も感じなくなった貝殻に、私はそっと口付けた。



「愚かな人間がいたことも、ちゃんと覚えていてね。」


これも、結構恥ずかしい人間か…!






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咳と鼻水が止まらないです。こんばんは。最後に自我を出す方見ないので、私は随分と自我を出しすぎてるのだな、と思いましたがここで私を振り返るのがとても好きなので続けます。すみません。


私は、自分のことを特別でいたい、普通の一般人ということを認めたくないのです。誰かの特別でいたい、だけではなく皆から特別に思われたい、大それた存在と思われたいのです。厨二病に近い感情ですね。
本当は何処にでもいる一般人というのは、認めたくないです。
私が消えても、みんなの記憶からただの一般人の記憶なんて簡単に消えてしまうから。
誰かの人生になりたい、なんて大きい事を言うと笑われるかもしれませんが生きていた証を誰かの人生に刻みたい。

昔から、諦めと忘れるのが得意な私は寝ると大体の感情をリセットできるんです。誰にとっても都合のいい、楽な生き方を探してたら辿り付いた、逃げ道です。
でも、そんな私がずっと忘れられない桜の似合う彼への感情が、自分を少しずつ変えていくから、そんな思いが生まれたんだと思います。
こんなに情緒を不安定にさせる程の存在に、なりたいと思ってしまうのです。


貝殻は、きっと沢山の人やものを覚えて保管しているのだと思います。そしてそれを気まぐれで誰かに魅せてやるのです。夢のように。そして、それを見た誰かの事も覚えていくのです。

私は愚かなので、覚えられる側で…痛いですね。

9/5/2023, 4:08:55 PM