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よく歩いた。振り返らずとも思う。風が吹く度に頬は冷たいし、鼻の奥がじんじんする。歩いたことが勲章にはならないと、自分で自分を許せないまま歩く。誰かは優しかった。また他の誰かも何かを言っていた。私には私の声も、誰かの声もぼんやりとしている。

うつくしいものだけを見て、聞いていた。触れ、愛でていた。

それだけが現実でほんとうのこと。

うつくしいと感じる心だけが私の存在を私たらしめる。

そうやって、生きてきた。だから私は袖口を濡らして二度と振り返らないのだと言い聞かせながら、鋭い目つきをしてみせて、すこし空笑いしたあとにもう歩くのをやめてもいい。

4/4/2023, 10:34:36 AM