【終点】
(勇者と元騎士、勇者視点)
私の相棒兼保護者のアルは、騎士を辞め、家族とも絶縁してしまった男。それは私のためだったわけで。何と言うか、重い。負担だと思っているわけじゃないけど。
いくつかの情報に踊らされつつ、私は聖剣を入手した。良かった。喜ぶべきことだ。でも。
「アル。もう一度言ってくれる?」
顔が引き攣るのを感じながら、私はそう問いただした。
「ですから、私の旅の終点はここだと。ここで別れましょう。これ以上は足手まといになります」
最近の私は魔物の群れを撃退しても魔力の枯渇を起こさなくなった。アルが私を抱えて走ることはなくなったし、それ以外でも頼る場面は減っている。
そこに聖剣が加わった。勇者である私とアルの力の差が逆転したわけだ。
「私まだ未成年だよ?」
「あなたくらいの年齢なら、独り立ちしていても不自然ではありません」
「……守ってくれるって、言ったのに?」
みっともなく声が震えた。
「すみません……ですが……」
アルは辛そうな表情で言った。
「私は剣を持って戦う者です。あなたに守られる存在にはなりたくないのです」
私は小さくため息をついた。
「……わかった」
「では、」
寂しげに微笑んだ青年の言葉を聞かずに袖を掴む。
「迷宮に潜ろう」
アルが目を見開いた。
「何を言って」
「聖剣を探してる時に聞いたでしょ? 『迷宮には神の遺物がある』『人の枠を超えた力が得られる』って。アルがその力を手に入れればいいじゃない」
「そのようなことをしている場合では」
「ひとりで魔王に挑めって言うの? そもそも勇者に仲間がいないとかおかしいでしょ」
「もし何も見つからなかったら」
「どうせ国境を越えるための身分証が必要だから冒険者登録しようって言ってたじゃない?」
どちらにしろ、私にはまだ力が必要だ。
修練を兼ねて迷宮の探索をすればいいと言えば、アルもそれ以上反対しなかった。
そして……
「間違いなく『加護の霊薬』だよ!」
スキルで《鑑定》した小瓶をアルに渡す。
「まさか本当に見つかるとは……」
「こんな所まで来た甲斐があったね」
こんな所、とは、世界にいくつかある迷宮の中でも、特に攻略が進んでいないと言われる『宵闇の森の迷宮』だ。入り口が魔王の領域に近く普通の人間はここまで来ない。
「あ、でもそれ……」
「どうしました?」
勇者の私には複数の神から加護が与えられているけど、この薬で得られる加護はひとつ。
「創造神でも戦神でもなく、魔神の加護なの」
この世界で魔神といえば魔法の神。獣の姿をしているらしく、獣神とも呼ばれる。今は滅びたとされる獣人は、この魔神の眷族だったとか。そんな神の加護を得たらどうなるか……
「構いません。それで勇者の隣に立てるなら」
迷いも躊躇いもなくそう言い切って、アルは薬を飲み干した。
結果として。
アルは《獣化》というスキルを得た。黒い狼の姿に変化できるようになってしまったのである。まあ、獣耳が生えるよりはマシか?
アルの金髪は黒髪になり、目の色もルビーのような真紅に変わった。同時に魔力量がものすごく増えた。何せ魔神の加護だから。
闇魔法を使いながら敵を蹴散らす大きな黒狼は、傍からじゃ魔物の仲間割れにしか見えない。
私のために騎士を辞めた男は、とうとう人間まで辞めたわけだ。
後悔はないとアルは言う。
この人が報われるように、ちゃんと魔王を倒さないとねぇ……
8/10/2024, 12:51:05 PM