鶴森はり

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ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。


 毎夜同じ夢を見る。あてもなく、茂る森や高層ビルが並ぶ街などを走る夢。止まることなど許されず、闇雲に命を削るように、感覚すら消え始めた足を必死に動かす。死物狂い、という言葉がよく似合う夢であった。
 目が覚めれば見慣れた木の天井、朝の清々しい太陽の光が出迎える。しかし体は汗で冷えて、寝間着はぐっしょりと濡れて不快でしかない。本当に走ってきたかのように呼吸が乱れ、どっと襲いかかる疲労感に、体力など回復しなかった。
「何かに取り憑かれてるのかも」
 重たい体を引きずり、学校の友達に相談すれば暫しの沈黙が流れる。
 目の下の色濃い隈や見るからに痩せ細っていき、痩けた頬から只事ではないと判断したのだろう。友達は「なら今日は泊まるよ。あなたが魘されていたら起こしてあげる」と提案した。
 その日は久しぶりの休息を得た気分だった。なんてことない会話と暖かな食事を楽しみ、風呂にて疲れを流し落とす。嫌で仕方がなかった布団も、隣に同じく客人用の布団で寝転ぶ友の笑みを見れば気持ちが楽になる。
「そろそろ寝ようか」
 夜の十時すぎ早寝早起きの友達は欠伸をして眠たげな目を擦る。まだまだ話し足りないが、付き合わせている身として無碍にできず、渋々うなずいた。
 その日の晩。やはり同じ夢を見た。
 夢だと認識しているのに足は止まらず走り続ける。止まれば死ぬとでも言わんばかりに。ぜぇぜぇと呼吸が苦しくなり、頭すら痛む。あぁやはり変わらぬと嘆いた。
 そのときだ
「――ッッ!」
 名前を呼ばれ、腕を掴まれる。ぐんと後ろに引っ張られ、肩の関節が抜けるかと思うほどの痛みに顔を引きつらせた。
 悲鳴がこぼれ、半狂乱で腕を振り回す。しかし掴む力は強まるばかりで、頭が真っ白になり、無我夢中で掴む何かを。
 どぼん。
 落ちる音がした。自分が何をしでかしたか、わけも分からず固まる。まばたきを繰り返せば登下校の道、とある橋の上だった。のろりと視線が下へと、流れる川の水面に向けられる。
 何かが浮いている。☓☓が。理解したくない、すべきではない。 
 おなじこうけいをみた。さいきん、どこで、そう、あれは。
 
 


「ねぇ、――さんっていたじゃない?」
「隣のクラスの? 今休んでるよね」
「あれ、休んでるんじゃないらしいよ」
「えっ、じゃあ、なんで」
「警察に捕まったんだって! ほら仲の良かった☓☓さん、あの子を川に突き落としたんだって!」
「うそだぁ、殺したってこと?」
「なんか揉めたらしいけど……なんかーおかしくなってて、なぁんにも答えないらしいよ。一昨日の夜、パジャマのまま橋に向かってぶつぶつ呟いてるのをケーサツに発見された、だって」

   

5/30/2023, 10:58:25 AM