いろ

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【窓から見える景色】

 塔の窓から見える景色だけが、僕の世界。どこまでも高く青い空、地平に広がる美しく整然とした街並み、それらは全て硝子を隔てた向こう側の出来事だった……はずだった。
 ガシャンとけたたましい音を立てて、目の前の窓が割れる。目元を仮面で隠し、真っ黒いマントを風に靡かせるその姿は絵物語に描かれた怪盗そのもの。だけど白昼堂々と青空を背負い微笑む怪盗がどこの世界にいるものか。呆気に取られて固まった僕へと、器用にも窓枠に立った彼は優雅に一礼してみせた。
「お迎えにあがりました、殿下。我らが偉大なる先王の正当なる後継者よ」
 重用していた臣下に裏切られた父は、国家を危機に陥れた悪王として民衆の喝采の中で処刑された。幼かった僕は助命され、恩赦の形でこの牢獄塔へと幽閉された。一生をこの塔の中で罪人の子として過ごすものと、そう思っていたのに。
「さあ、お手を。不肖この私が、必ずや殿下をお守りいたします」
 差し出された手を取れば、国に混乱を招くだろう。父は決して悪人ではなかったが、人が良すぎて他国に付け入る隙を与えていたのは事実だ。今はこの国の王となったあの人が、国の未来を憂いて行動に出たことは理解している。あの人が導く国ならば、国民は幸せになれるだろう。僕の存在は平穏な国家のノイズにしかならない。ああ、だけど。
 気がつけば目の前の手に自分の手を重ねていた。こんな場所で一人きりで死んでいくなんて嫌だ。外の世界へ行きたい。太陽の日差しを浴びて、自分の足で地面を歩きたい。
 怪盗姿の青年が、僕の手をグッと引いた。気がつけば彼の腕の中、僕は空を飛んでいた。――僕は今、窓から見ていた景色のただなかに生きている。
 心臓が踊る。歓喜が湧き上がる。生まれて初めて手にした自由の味が、僕のてっぺんから爪先までを甘く支配していた。

9/25/2023, 11:40:37 PM