敢えて不幸でいる事で頑張っている風を装っているのだとしたら、其れは『なにもしていない』のと同義だと誰かが言った。
つまり、不幸で居続けることは怠惰だし、
幸せになろうとしないことは卑怯なのだというのだ。
それはきっと、概ね正しい。
負った傷を治さずに隠さずに街頭に居座りうまく主張していれば食うに困らないくらい誰かが助けてくれるかもしれない。
それで生計が成り立つのならばそれでも別に構わないような気もする。
そうして一日が終わり眠りにつくほんの少し前の空虚な時間に、ふと脳裏に浮かんでくるのだろう。
『なにもしていない。』『怠惰だ。』『卑怯だ。』
という強い言葉達が。
そして彼は少し葛藤するのだろう。
『じゃあどうすればいい?』
『今更変えてなんになる?』と...。
でも人は犬や猫とは違う。
自らで望み、行動すれば何かしらには行き当たる。
行き当たった場所でも自分を諦めなければ次のステップに進めるかもしれない。
そうして少しづつ前に進んで行く事を世の中では『頑張っている。』というのだろう。
でもそこに他人の評価は要らない。
痛いのならそれを癒す術はあるかもしれない。
1人ではどうにもならないとしても誰かが少しでも良くなる方法を知っているかもしれない。
そんな可能性を諦めず、
自ら求め行動する事で多分、人は少しだけ幸せになれる気がする。
大変だけどね。
自分のためだから。
11/9/2023, 10:00:13 PM