〘花束〙
花束を持って、僕はその墓の前に立っている。それは随分と昔に亡くなった友人のためだった。彼は普段、神経が太すぎるくらいでそれ故に撲や彼女は胃を痛めたものだったが、………こうして居なくなってしまうとそれはそれで寂しいと思ってしまった。一呼吸おくと、僕は"妻"と友人の墓へ花を手向け、それから手を合わせた。
僕らはいわゆる三角関係というやつだった。僕と彼が彼女を好きで、彼女は僕らの両方が好きで、どうしようもなかった。だから、じゃんけんで分けることに決めた。勝った方が生前に負けた方が死後に彼女を娶る。勝ったのは、僕だった。僕は彼女の生涯を共にした。予想外だったのは彼が若くして逝ってしまったことぐらいだろう。僕らはずっと幸せだった。
先日、妻が天寿を全うした。老衰だった。
子や孫らは悲しんでいて、勿論それが一般的なのであるが僕は同時に安心したのだ。彼はあちらで僕らをずっと待っている。だけれど、僕らには死の兆候が見られなかった。僕らだけが幸せのまま。彼に申し訳がたたない気がしていた。けれど、ようやく恩が返せるのだ。喜びで涙が溢れた。彼女は最期に「お祝いしてね」と静かに息を引き取った。春のことだった。僕はそれを最後の仕事だとばかり老いた身体を酷使した。"世界で一番の結婚式を"それだけだった。(ウェディングドレス風の)エンディングドレスに二人の墓の手配、家族に理解を示してもらうのに一番苦労した。そして、今日が彼らの結婚式だ。参列者は僕1人。
他には誰もいない。けれど、幸せだった。さあ、彼らが呼んでいる。
「今、いくよ。」
2/10/2024, 9:17:05 AM