それは遥か遠い国での記憶。
多分、お互い忘れている記憶。
それでも、その二人にとっては、宝物のように大切な記憶。
小動物や精霊や、動く果物などが闊歩する森林の奥深く―――開けた広場のような場所が広がり、そこからは城下町が一望出来るのだった。
「姫様、ここにおられましたか」
鉄の擦れる音と共に、重い甲冑を羽織った騎士は、そう口にし、自らの仕える主の足元へと膝をついた。
「間もなく戦へ行って参ります故、別れを申し上げに参り仕った次第であります」
風にドレスが靡く。
「馬鹿を仰らないで」
まだ二十歳にも満たない齢にも関わらず王国のトップに担ぎ上げられた彼女は、騎士が少し目を離しているうちに、大人びた表情をするようになっていた。しかし、どうやら、緊張をすると、胸元に掛けられているペンダントを握る癖は、治っていないようだ。
「貴方は必ず、生きて私の下へ戻って来るのよ」
「それは、宮廷魔術師殿の予言で?」
「馬鹿なの? そんなわけないでしょ。大体、あんな奴、さっさと騎士団に捕まって火刑にされちゃえばいいのよ」
「はは、おっかない姫様だ」
こうして会話を交えていると、まるで昔に戻ったような心地になる。なってしまう。立場という二言さえ知らなかった幼い子供の頃に。戻れたら、どんなにいいか。
けれども、それは叶わない願いで、口にしてはならない願いなのだ。子供のままでいられたら、なんてのは、本当は泣き虫なくせに気丈に振る舞う少女の耳には入れてはならない。
「ねえ、約束して。必ず帰って来るって」
「・・・ええ、俺は―――」
カチ。
耳を劈くようなけたたましい音を撒き散らす、不愉快な道具―――すなわち、目覚まし時計―――を止めて、寝具から起き上がる。
なんだ、今の夢。
ガキじゃあるまいし、あんなファンタジーな夢を見るとは思わなかった。昨日の晩、子供のままでいられたらよかったと馬鹿な考えをしたのは確かだが・・・、ん? ふと、柔らかな感触に思考を止める。隣を見れば、自分が今までかけていた布団がこんもりとしていた。
「・・・・・・・・・・・・」
いやまさかな。それこそ、夢であってほしい出来事だったんだから。いや、あれは夢だ。夢でなかったらなんだと言う? 魔術師だの一国の姫だのトンチキなことを並べ立てていた少女に、助けを求められたなんて。
―――それは、宮廷魔術師殿の予言で?―――
―――おっかない姫様だ―――
―――約束して。必ず帰って来るって―――
不意に、頭の中に先程見た夢の会話が浮かぶ。いや、だからなんだと言うのか。俺には関係ない話だし、第一ただの夢じゃないか。ちょっと前に異世界転生が流行ったからって、現実に置き換えて考え始めたら、ソイツはもうただのキチガイだ。アレはただの妄想で、一介の夢で、現実とは遥か遠い場所に―――国に、あるものなのだから。
「んん・・・」
「!!」
まずい、身動ぎをし始めた。この後の行動はなんとなく想像がつく。お約束と言うやつだ。取り敢えず部屋から脱出して、会社に向かおう。今日は土曜だが、何故か理不尽に上司の仕事を押し付けられたので出勤することになっている。ありがとう休日出勤今このときだけは。
と、俺がドアノブに手をかけた瞬間、背後で起き上がる気配がした。普通気配分かる? 円使ってんの? つーかこれが限界? って思うかもしれないけど、火事場の馬鹿力的なアレだよ。敏感になってんだよ。
そうして、起き上がった少女が寝ぼけ眼を擦りながら言った。
「・・・あら、おはよう。私の騎士様」
「え?」
「・・・・・・え?」
いやなにお前も驚いてんの??
10/4/2024, 9:07:07 AM