私だけ、てんびんに載せられている気がした。
二つあるてんびん皿は釣り合っている。
皿の一つに私が、もう一つの皿に何か黒い箱のようなものが載せられている。
皿の大きさは意外と大きくて、丸い緑の山手線くらいはある。
私側の皿の上には、都会ではあって当然と言えるものばかりが載っていた。
部屋、寝室、廊下、玄関、机、タンス、おふとん、水道、洗面所、冷蔵庫、ガス、ティッシュ、トイレ。
それらを包含している建物、建物、建物……など、生活には至って困らない。
一方、対面の皿には一つだけしか置かれていない。
こちらと同じ大きさの皿なのに、置かれているのは黒い箱ただ一つ。皿の中央にひと箱だけ。
それ以外にないことは、特注の望遠鏡を覗いた私を信じてほしい。
望遠鏡を覗いたきっかけ? 気になった。それだけだ。
対面の皿の黒い箱を望遠鏡で覗くたびにこう思う。
一体あの中には何が入っているのだろう。
見てみたい。
◯カキンのYoutube動画のように、中を開封したい。
実はただの空き箱かもしれない。
おもかる石のようなもので、思ったより軽いのかもしれない。
蓋を開けてみなければわからない。そういったもの。
しかし、だめだと自分を制する。
なぜなら時計の針は、そろそろ仕事を始めなければならない時間を指しているからだ。そろそろ現実を始めなければならない。
好都合なことに、この世界はてんびんで出来ているからか、仕事は全部リモワとなっている。黙って皿の上に乗っとけという世界の意思を感じる。
つまり、嫌な通勤電車に乗らなくていいのだ。
ずっとここにいたい。おっと。
そんなことを思っていたら、もぞっとおふとんか動いた。なんてことはない。正体は白いもふもふ。130cmアザラシでお馴染みのし◯たんである。
どうやら寝ているときに毎日し◯たんと会話していたら想いが伝わったらしく、ぬいぐるみからつくも神的な要素を持つペットに進化したのである。
最初の頃は無言でおうちを徘徊するルンバの癒しバージョンだったのだが、徐々にお風呂に入るようになり、最近はおふとんを畳むまでになった。
さらには夢にまで出張ってきてくれて、疲れた私をやさしく撫で撫でしてくれて、もうたまらないくらいの毎夜の楽しみである。
そうやって冷蔵庫の下の方を開けて箱型のアイスクリームを取り出し、なんか、カッコ良い名前の道具で丸くすくい取って皿に乗っけた。
し◯たんは、いつも自分の分だけでなく私の分もよそってくれる。
私の分を渡したあと、三段のアイスクリームに取り組んでいる。上から水色、薄桃、黄色である。
あんなに食べられるのかな?
まあいいかと食べることにした。
……ああそうだ、あの道具はディッシャーと言うんだった。
そうやってリモワをしながら、溶けゆくアイスとともに時間が過ぎていくと、玄関のチャイムが鳴った。
PCゲームに夢中であるし◯たんを邪魔しないように脇を通り、荷物を受け取る。中古本と10日間分の備蓄品だった。
中古本は置いといて、備蓄品は時々てんびんが揺れて危ないから、買っておきたいと常日頃思っていたのだ。
私の記憶にないから、おそらくし◯たんがネットショッピングで注文してくれたのだろう。ありがたい限りだ。
受領印を押したあと、「ありっした〜」と宅配便の人が言い、私は玄関のドアを閉めようとした。
「あっ、ちなみになんすけど、あの荷物届けられるっすよ」
「えっ」
突然のことで私は戸惑った。
「あれって、何の……」
そこまで言って、私は察した。
「もしかして、黒い箱、ですか?」
宅配便の人は頷いた。私は少し逡巡したあと、
「いや大丈夫です」と断った。
宅配便の人は去っていった。
荷物を整理したあと、私は望遠鏡でもう一度あの黒い箱を覗き込んだ。あの黒い箱、いったい誰の荷物なんだろう……
7/19/2024, 3:51:07 AM